霧屋2  第十五章


「ハボック少尉、ブレダ少尉」
 駆け寄ってくる二人の姿を認めてホークアイが声を上げる。
「人質は?」
「今確認中です」
 ブレダが答えて間もなく部下の一人が状況を知らせにきた。
「隊長!」
「おう、どうだ?」
 駆け寄ってきた部下、サンダースに皆の視線が集まる。サンダースは足を止めながらホークアイやハボックをチラリと見やり、それからブレダに向かって言った。
「解放された人質七十八名、打撲や擦り傷の軽傷を負ってはいますが全員無事です!」
「そうか」
 サンダースの報告に安堵のため息が零れる。人質を安全な場所に移動させた上、中の様子を確認するための聴取を行うよう指示を与えられて、サンダースは敬礼をして戻っていった。
「助かったわ、ハボック少尉。貴方がいなかったら大変な被害が出ていた」
「たまたま上手くいっただけっスよ」
 あそこでテロリスト達が怒りに任せて銃を乱射していたらどうなっていたか判らない。今回はこちらに運が向いていたことをありがたいと思わずにはいられなかった。
「それにしてもとんでもない奴ですね」
 ブレダが忌々しそうに言えばハボックも頷く。
「下手に刺激したらそれこそ人質皆殺しにしかねないっスよ」
「ハボック少尉、いくら何でもそんな事は……」
 ハボックの言葉にフュリーがギョッとすれば、ホークアイが綺麗な眉を顰めて言った。
「いいえ、本当にそうするかもしれないわ」
 そう言うホークアイをハボック達が見つめる。
「ここからはより一層心して当たって頂戴」
「「「イエス・マァム!」」」
 きっぱりと告げるホークアイにハボック達が一斉に敬礼を返した。


「なにをやってるんだ、お前ら」
 銃を手に広間へと戻ってきた男達にゾラが言う。
「少しはぶち込んでやったんだろうな」
 無抵抗の人質に向かって銃を撃ったのだ。半分とはいかないまでも何人かは血塗れになって転がっていてもおかしくない筈だった。
「それが急に霧が濃くなってきたもんで」
「霧だぁ?」
 男の言葉にゾラは窓から外を見る。気がつけば屋敷は白い霧に沈んで、数メートル先も見えなくなっていた。
「この時期、こんなに霧が出たか?」
 気象条件によっては霧が出ることもあるだろうが、それにしてもこんなに深い霧は見たことがない。ふと辺りを見回せば屋敷の中もひんやりと冷えていて、どこかの隙間から霧の粒子が忍び込んでいるようだった。
「チッ!」
 ゾラは忌々しげに舌打ちする。
「まあいい。こっちにはまだ人質がいるんだ。いざとなりゃコイツらにぶち込んでやりゃあいい」
 そう言ってゾラはゆらゆらと漂う霧を睨みつけた。


(ハボックの奴、上手くやったようだな)
 ゾラ達の会話を耳をそばだてて聞いていたロイはホッと息を吐き出す。人質に向けて銃を撃つと判ったときには肝を冷やしたが、ハボックが少しずつ広げておいた霧の濃度を咄嗟に調節して人質達の姿を隠してしまったのを見れば、その錬金術の腕の確かさに感心せざるを得なかった。
(しかし、中尉達には自分から……いや、バレたんだろうな)
 ハボックが錬金術を使えるということはごく一部を除いては機密事項だが、今のこの状況をみればホークアイ達もハボックの錬金術を判った上で戦術に組み込んでいるのだろう。ロイが自由に動けない現状、使えるものは何でも使うというのがホークアイの心境か。
(まあ、なんにせよ、必要以上に気づかれるなよ)
 ロイの下にハボックという国家錬金術師並みの錬金術師がいると判れば上層部は良しとしないだろう。ハボックを手放す気がないロイとしては、ハボックの錬金術の腕を知る人間は少ないに越したことはなかった。
(その為にも早く事件を解決しなければ)
 幸いゾラにはこの霧が錬金術で生まれたものとは気づかれていない。ロイはひんやりとした霧の粒子にハボックを感じながら、窓の外に揺らめく霧を見つめたのだった。


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