霧屋2  第十四章


 約束の一時間が過ぎ、ホークアイは無線のスイッチを入れる。何コールかの後、受話器が上がる音がしてホークアイはマイクに向かって言った。
「ホークアイ中尉よ。ゾラ・ウェイダー、一時間たったわ」
 そう話しかければスピーカーから野太い声が返ってくる。
『人選は済んだ。三十人残してそれ以外の人質を解放する』
 人質解放の言葉を聞いて、ホークアイだけでなくそれを聞いていたハボックたちもホッと息を吐いた。
「判ったわ。では母屋の玄関まで人質を迎えに行かせます」
 ホークアイがそう言いながら視線を送ってくるのにブレダが頷き、部下を連れて母屋へ向かおうとする。だが、次の瞬間嘲笑うような声がスピーカーから聞こえた。
『その必要はない。人質は玄関の手前で解放する』
「……どういうこと?」
 流石のホークアイもゾラの言うことがすぐには判らず眉を顰める。
『玄関の手前で人質は解放する。最初の人質が扉に手を当ててかっきり三十秒後、俺たちは外に向けて銃を撃つ』
「……なんですって?」
「なに言ってやがる、こいつッ」
 ゾラの言葉にハボック達はギョッとして顔を見合わせた。まさかと思う間にもゾラとホークアイのやりとりが続き、そしてスピーカーからゾラの声が鳴り響いた。
『さあ、人質を解放するぞ。命が惜しけりゃ死に物狂いで走れッ!!』
 その声に続いて聞こえる銃声。
「少尉ッッ!!」
 ホークアイがその銃声に弾かれたように振り向いた時には、ハボックとブレダが母屋に向かって走り出していた。
「ブレダっ、人質が出てきたら保護頼むッ!」
「お前はっ?」
「オレはこれを使う」
 ハボックは言って咥えていた煙草を手に取る。それを見てブレダは部下を連れて母屋に近づいていった。
「こんちくしょう、ふざけやがって」
 ハボックは口汚く罵って足を止める。だいぶ短くなっていた煙草を消し、隠しから新しい煙草を取り出すと急いで火をつけた。
「くそっ」
 ハボックは一息吸った煙草を手に持ち、先端から上る細かな霧で宙に錬成陣を描いていく。開いた扉からよたよたと人質が一人、二人と足をもつれさせながら出てくれば、ブレダと部下達が先を争うようにその手を引いた。その様子を視線の端に捉えながらハボックが錬成陣を描き終えたその時。
「さあ、どいつを狙うかなぁッ!」
 下卑たテロリストの声が響く。それに続く銃声、あがる悲鳴。ハボックが錬成陣の真下に手をつけばカッと目映い光が輝いた。
 ゆらゆらと揺らめいていた霧が風に流されたように母屋の方へ流れる。入口で人質達の背中に向かって銃を構えたテロリスト達の前で霧が急速に密度を増した。
「なんだ?」
 不意に深くなった霧をテロリスト達は腕を大きく振って追い払おうとする。だが、そうする間にも霧は密度を増し、逃げる人質達の姿をその白い懐に隠してしまった。
「くそったれッ!!見えねぇじゃねぇかッ!!」
 抵抗も出来ず逃げまどう人質の背に思うまま弾丸を撃ち込んでやろうとしていたテロリスト達は、その出鼻を挫かれて口汚く罵る。それでも撃てば当たるかもと銃を構えたテロリストの一人は、キンと高く響いた音に自分の銃を見てその先端が切り取られていることに気づいて目を見開いた。
「な……なんだっ?」
 テロリストは近くに誰かいるのかと辺りを見回す。だが、近くに人影はなく、ただ白い霧がゆらゆらと漂っているだけだった。


「体を低くしてっ、声を立てないでっ」
 ブレダは真っ青な顔をしたパーティの客達に低い声で指示を出す。時折怒声と共にテロリスト達が銃を撃つ音が響いたが、銃弾は地面に伏せんばかりにして母屋から離れて安全な場所へと向かう客達の頭上遙か上を走り抜けていった。
「すげぇな、ハボの奴……」
 たった数本の煙草からこの霧を生み出しているというのが俄には信じがたい。
「もしかして大佐より凄かったりして」
 ロイが聞いたら思い切り不機嫌になりそうなことをブレダは呟く。その間にも客達を木々の間の安全な場所へ次々と移動させた。
「隊長っ」
「どうだ?人質は全員保護出来たか?」
「今、人数を確認中です」
「急げ」
 短く指示を与えたその時、ゆらりと霧が揺らめいてブレダは即座に銃を構える。
「ブレダ、オレ」
 だが、声に続いて霧を押し分けるようにして現れた長身に、構えていた銃をおろした。
「全員無事か?」
「今確認中だ。少なくとも大きな怪我をした客はいなさそうだ」
「そうか」
 ホッと息を吐くハボックをブレダは見上げる。感心したようなその表情にハボックは眉を寄せた。
「なに?」
「いや、すげぇな、霧屋」
「よせよ」
 言われてハボックは鼻に皺を寄せる。ホークアイのところへ向かいながらブレダはハボックに尋ねた。
「万屋みてぇなことしてないで、国家錬金術師になろうとは思わねぇのか?」
 そうすれば給料だって待遇だって今よりずっとよくなる。軍の犬であることに代わりはないのならそれも一つの手段ではないのかと思ってブレダが尋ねれば、ハボックが答えた。
「オレは軍の犬になった覚えはねぇよ。オレの主は大佐だけだ」
 吐き捨てるように言ったハボックの空色の瞳がブレダを見る。挑むようなその色に、ブレダはニヤリと笑って言った。
「そうだな、俺たちの頭は大佐だけだな」
「おうよ」
 頷きあって二人は元の場所まで戻ってくる。木々の間に厳しい表情で立つホークアイを見たとき、どちらともなく言った。
「頭は大佐だけど……」
「脳味噌は中尉だな」
 顔を見合わせて苦笑すると、二人は司令部最強の女性の元へ走っていった。


→ 第十五章
第十三章 ←