霧屋2  第十三章


 マレーネとガーランドが時折低く言葉を交わすのを除けば、これほどの人がいるにもかかわらず広い広間は不気味に静まり返っている。誰もが不安を隣の友人と分かち合いたいと思いつつも、テロリストの怒りを恐れて黙りこくっていた。
 三十分ほどが過ぎた頃、ガーランドがリストを手に立ち上がる。ゾラに歩み寄ると少し離れたところから手にしたリストを突き出した。
「出来たか」
 ゾラは硬い表情に精一杯の意地を浮かべているガーランドの手からリストをもぎ取る。リストに並ぶ名前にざっと目を通していれば、ガーランドが言った。
「女性や高齢の方たちから順に選んだ。この事件が解決するのにどの程度時間がかかるのかしらんが、体力的に持つだろうと思える人間を残したつもりだ」
「軍部がさっさと仲間を解放すればすぐに終わるさ」
 ゾラはリストを見ながら答える。だが、そうは言っても簡単には終わらないであろう事はゾラにも想像がついて、ガーランドの人選の方法は悪くなかった。
「いいだろう」
 ゾラは言ってリストを仲間に手渡しながらガーランドに言う。
「選んだ人間を並ばせろ。お前らがやった方が早いだろう」
 客の顔と名前を知らない自分たちが人質の仕分けをする手間をかける必要はない。ゾラが言えばガーランドは頷いて娘を促した。
「マレーネ」
「はい」
 父親に呼ばれてマレーネは立ち上がり、広間のあちこちに座る客たちの中からリストに名前を載せた者に声をかけていく。そここで安堵と落胆のため息が零れる中、リストに名前の載った客たちが一つに集められた。
「ふん……で、残りは何人になったんだ?」
「三十人だ。それだけいれば十分だろう?」
 一人でも多くの客を解放してやりたいと思いつつガーランドは言う。客の中には夫婦で分かれた者もいたが、テロリストの指示に従う為にはどうすることも出来なかった。
 ゾラは一つに集められた人質をじろじろと見つめながらその周りを歩く。恐ろしいテロリストの視線に晒されて竦みあがる人質の様子に、ゾラは楽しげに言った。
「ただ解放するというのもつまらんな」
 そう言うゾラの顔に残忍な笑みが浮かぶのを見てロイは思わず腰を浮かせる。なにも言わないまでもその黒曜石の瞳が大人しく人質を解放しろと告げている事に気づいて、ゾラはニヤニヤと笑った。
「なんだ?マスタング大佐。何か言いたいことでもあるのか?」
「ホークアイ中尉は誠意を見せろと言ったはずだ」
「だから人質解放に応じているだろう?」
 ゾラは肩を竦めて答えるとロイに背を向ける。少しの間考えるような素振りを見せていたと思うと、ニヤリと笑った。
「人質を解放するのはいいが、こちらの本気も示してやらんとな」
 ゾラは言って仲間に合図する。ゾラともう二人ほどテロリストを残して、仲間は集められた人質たちを銃で脅しながら出口へと進ませた。
「そろそろ時間だな」
 時計を確かめてゾラは言う。その数分後、広間に電話のベルが鳴り響いた。
『ホークアイ中尉よ。ゾラ・ウェイダー、一時間たったわ』
 電話から聞こえる声にゾラが答える。
「人選は済んだ。三十人残してそれ以外の人質を解放する」
『判ったわ。では母屋の玄関まで人質を迎えに行かせます』
 ホークアイの声にほんの少し安堵が滲む。だが、それを嘲笑うようにゾラは言った。
「その必要はない。人質は玄関の手前で解放する」
『……どういうこと?』
 訝しげな声にゾラが言う。
「玄関の手前で人質は解放する。最初の人質が扉に手を当ててかっきり三十秒後、俺たちは外に向けて銃を撃つ」
『……なんですって?』
「人質の解放に併せて何か仕掛けられたら困るからな」
『馬鹿言わないで。今はまだ交渉を進めてる段階よ?そんな事するはずないわ』
「次の人質解放の時はするかもしれんと言うことだな」
 ホークアイの言葉尻をとるようにゾラは言う。ホークアイにそれ以上言わせず、ゾラは早口に続けた。
「さあ、人質を解放するぞ。命が惜しけりゃ死に物狂いで走れッ!!」
 ゾラはそう言って天井に向けて銃を撃つ。その銃声を合図に、話を聞いていた人質たちが我先にと扉に向かって走り出した。
「ゾラ!貴様ッッ!!」
 人質たちが上げる悲鳴と怒声の中、立ち上がったロイが怒鳴る。怒りのオーラを纏うロイを、ゾラは楽しげに見つめて言った。
「動くなよ、マスタング大佐。アンタが動いたら残った人質を撃つぜ」
 ゾラが言うと同時に二人のテロリストがロイと残された人質たちに銃を向ける。グッと押し黙ったまま睨みつけるロイを鼻で笑って、ゾラは玄関へと向かった。
「さあそろそろ三十秒だ。野郎ども、人質たちのケツにぶち込んでやれッ!!」
 ゾラの声にテロリストたちが下卑た声で笑う。一秒でも早く外へ出ようと、出口で押しあいへし合いした人質たちは漸く扉から出たところだった。
「さあ、どいつを狙うかなぁッ!」
 テロリストがわざと大声で言って銃を構える。恐怖に足をもつれさせてよたよたと走る人質たちに向かって、最初の銃声が響いた。
「───ッッ!!」
 銃声を聞きながらもロイはどうすることも出来ない。
(ハボック!!)
 ロイは歯を食いしばってゾラを睨みつけながら、どうにかしてくれることを信じてハボックを呼んだ。


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