霧屋2  第十二章


「お、それがお前の錬成陣か?」
 開いたケースの中に並ぶ煙草を覗き込んでブレダが言う。ハボックは咥えていた煙草を携帯灰皿に放り込むと、ケースから一本取り出した。
「……あんま見るなよ」
 物珍しそうにじっと見つめてくるブレダにハボックが困ったように笑う。そんな友人の言葉に構わず、ブレダは上下左右からハボックの煙草をじろじろと見つめた。
「煙草を使うってのはいかにもお前らしいけど、どうやるんだ、それ」
「人の話きけよ」
 見ないどころか顔をくっつけるようにして覗き込むブレダにハボックは言って背を向ける。それでもしつこく回り込んでくるブレダの頭を押さえ込んで、ハボックは司令部のファルマンから送られてきた情報に目を通すホークアイに言った。
「中尉、今のうちから少しずつ小出しにしておいてもいいっスか?」
 そう聞かれてホークアイは尋ねるようにハボックを見る。ハボックは咥えた煙草をピコピコと動かしながら続けた。
「いきなり深い霧に包まれたら向こうも警戒するっしょ?少しずつ少しずつ霧が広がれば多少は違うと思うんスよね」
「そうね、確かに少尉の言うとおりかもしれない。判ったわ、少しずつ始めて頂戴」
「アイ・マァム」
 ホークアイの了承を得て、ハボックは残りの煙草を隠しに戻し咥えた煙草に火をつける。そうして普段吸っている煙草と同じように吸い込もうとして、ハボックはブレダだけでなくホークアイやフュリーまでもが自分を見ていることに気づいた。
「あのねぇ」
「構わないわ、続けて頂戴、少尉」
「構わないって……」
 こっちは思いっ切り構うんだけどと内心思いながら、ハボックは錬成陣を描いた煙草を吸う。そうすれば煙草の先から少しずつ立ち上る白いものを皆が目で追った。
「これ……煙じゃないのか」
 見ていたものの正体に少しして気づいたブレダが呟く。ホークアイは少しずつ足下に溜まり始めた白いものを蹴飛ばして言った。
「こうやって生み出してたのね」
 以前建物を丸々包み込んだ濃い霧を見た。あの霧がこんな風にして生み出されていたとはまるで想像もしていなくて、ホークアイは感心したように辺りを見回した。
「とりあえず少し霧が出てきたなってくらいにしておきます。大佐なら気づいてくれるっしょ」
 ハボックは言って楽しそうに笑う。その言葉に頷いて、ホークアイはゆっくりと広がっていく白い霧を見回した。


 仲間たちと相談を始めたゾラをロイはじっと見つめる。どうやってこちらに都合のよい人選をさせるか、ロイが考えていればマレーネが言った。
「私がテロリスト達に話を持ちかけてみます」
「えっ?」
 唐突なマレーネの言葉にロイは驚いて娘を見る。マレーネはロイを見てにっこりと笑った。
「私はこのパーティのホストですし、お客様の安全を第一に考えるのは自然でしょう?少なくともマスタング大佐が何か言うより聞いて貰えると思います」
「それは確かにそうですが」
 ロイが口を出せばそれだけでゾラは聞こうとはしなくなるだろう。それでも民間人にそんな事をさせるのに難色を示すロイに、マレーネは言った。
「さっきお話した通りに進めればいいですね」
 そう言ってマレーネはロイの返事を待たずにスタスタと歩き出す。止める間もないままロイは、向こう見ずとも言えるマレーネの行動に半ば呆れ返ってしまった。
「なんて女性だ」
 大人しいだなんてとんでもない。あの議員をしてこの娘ありだ。思わず低く呻くロイが見つめる先で、マレーネは直接テロリスト達へではなくガーランドに近づいていった。
「お父さま」
 テロリスト達の一人がマレーネが広間の中程に出てきたのに気づいてゾラに合図したのとほぼ同時に、マレーネがガーランドに話しかける。テロリスト達より先に娘が近づいてくるのに気づいていたガーランドが立ち上がれば、テロリスト達が二人に銃を向けた。
「勝手な行動を取るな。隅に座っていろ」
 そう言うテロリストに構わずマレーネはガーランドに歩み寄る。数歩近づいて娘を庇うように立って、ガーランドはマレーネとテロリストを交互に見た。
「解放する人質の人選をするのに私たちの意見も取り入れてください」
「マレーネ」
 テロリスト達を真っ直ぐ見つめてそう言う娘に、ガーランドは驚いて娘の腕を引く。マレーネはそんな父親を見て言った。
「お父さま、私たちはこのパーティの主催者よ。お客様の安全をはかる義務があるわ」
「マレーネ、だが」
「日々、イーストシティの市民の幸せに粉骨を尽くしてるお父さまじゃないの」
 テロリスト達の様子を伺いながら何とか娘を黙らせようとするガーランドにマレーネは言う。そんな二人の様子を黙って見ていたゾラが口を開いた。
「面白い娘だな。テロリスト相手にそんな事を言い出すとは父親より度胸があるんじゃないのか?」
 楽しそうにニヤニヤと顎を撫でながら言うゾラにガーランドは顔色をなくす。ゾラを怒らせてはいないかと様子を伺いながらガーランドは必死にマレーネを黙らせようとした。
「マレーネ、いい加減にしないか」
「でも、お父さま」
 その時、言い合う二人の言葉をかき消すようにゾラの笑い声が響く。誰もがギョッとして見つめる先で、ゾラが肩を震わせながら言った。
「いいだろう、その度胸に免じて人選をさせてやる。とりあえず三分の一まで減らせ」
「ッ!……判ったわ」
 ゾラの言葉に一瞬息を飲んだマレーネが答える。父親を促して広間の隅に座り込むマレーネを見ながら、ロイはハアとため息をついた。
「まさか通るなんて」
 短気なゾラならふざけるなと一蹴されるのが関の山だと思っていた。なんだか酷く疲れた気がしてガックリと肩を落としたロイは、ヒヤリとした空気を感じて目を見開いた。
「……霧?」
そ う呟いたロイは次の瞬間ハッとして顔を上げる。不自然さを感じさせないよう、視線だけをゆっくりと窓の外へ向けたロイは、母屋の周りがうっすらと霧に包まれていることに気づいた。
(ハボックが来てる)
 清涼な水を感じさせる霧が誰よりも信頼する男の生み出したものだと気づいて、ロイはうっすらと笑みを浮かべた。


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