| 霧屋 第六章 |
| ザザッと耳につけたコムのなる音がしてホークアイ達の準備が整った事がわかった。作戦開始5分前、ハボックは目指す建物を取り囲む塀のすぐ傍に身を潜めて作戦の開始を待っていた。陽はもうとっくに暮れ落ちて、あたりは暗くなっている。ハボックは銃を手にすると念のため持って来ていた煙草のケースを取り出した。 「できることならこっちは使いたくねぇな…」 ロイが疑問を持ち始めている今、これを使えば自分に疑いを招く事になる。そんな事態は避けたいとハボックがケースをしまった時。 「なにを使いたくないんだ?」 涼やかな声がしてハボックは文字通り飛び上がった。 「たっ、たいさっ?!」 振り向けばそこにはハボックと同じような潜入服を身にまとったロイがいて黒曜石の瞳をハボックに向けている。ハボックはワナワナと唇を震わせると小声で怒鳴った。 「なんでアンタがここにいるんスかッッ?!」 目を剥いてそう言うハボックにロイが感心したように言う。 「器用なヤツだな、その音量で怒鳴るなんて」 「なに言ってるんスかっ、オレはなんでここにいるんだって聞いてるんスよッ!大人しく待ってろって言ったっしょッ!!」 ハボックは目を吊り上げてロイを見ると言った。 「全くちょっと目、離すとこれだ。とにかくすぐ司令部に戻って下さい。送っていく訳にゃいかないけど、途中まで迎えに――」 ハボックがそこまで言った時、ノイズに続いてフュリーの声がコムから聞こえる。 『少尉?もしかして大佐、そっちに行ってませんかっ?』 「……来てる。なんでちゃんと見張っておかないんだよ、フュリー」 ハボックは眉を顰めてマイクに向かってそう言った。すみません、と謝る相手に続ける。 「まあ、いいや。今からそっちに帰すから誰か途中まで迎えに――」 「その必要はないぞ、曹長。私はこのまま作戦に参加する」 フュリーに話すハボックからコムを毟り取るとロイがマイクに向かって早口に言った。ギョッとしてコムを取り返そうとするハボックの手をかわして二言三言指示を出すとにんまりと笑う。 「もう切れたぞ」 「…アンタねぇッ!」 勝ち誇ってロイが言った時、何かが空を切る音とくぐもった獣の声がした。ハッとして塀の向こうへ目をやるハボックにロイが言う。 「始まったな。もう言い争っている暇はない」 ハボックは目を吊り上げてロイを睨んだが呻くように言った。 「オレより前に出たらぶん殴りますからねッ」 「気をつけるようにしよう」 答えてうっそりと笑うロイにハボックは思い切り舌打ちすると塀の傍に立ち、その上に向かって細いワイヤを投げた。軽く引っ張って端がかかったのを確かめるとあっという間に上ってしまう。 「大したもんだな」 感心したように塀の下から見上げて言うロイに顔を顰めると手を伸ばした。ロイがハボックの手を掴むとその体を軽々と塀の上へと引き上げる。手早くワイヤを手繰り寄せ、敷地の中に飛び降りればロイも続いて下りてきた。 「大佐、こっち」 ハボックは言うと予め目星をつけておいた入口の方へと走り出す。その後について走りながらロイはハボックに言った。 「外のキメラはどうなったろうな?」 「中尉の仕事は確実っスよ。大佐もよく判ってんでしょ」 建物の外に放たれたキメラの排除に関しては露ほどの疑問も持たずにハボックが答える。それに薄っすらと笑ってみせるロイをチラリと見てハボックは辿り着いた入口の脇に立つと物入れから小さな工具を取り出した。鍵穴に差し込み軽く捻ればピンと小さな音がする。ハボックは鍵の開いた扉をそっと押し開くと中へと体を滑り込ませた。ロイが続いて入って来るのを確認すると辺りに目を走らせる。ロイに合図すると音を立てずに歩き出したハボックは数メートルも行かないうちにロイの腕を掴むと廊下沿いの扉の影に引き入れた。 「ハボ?」 小声で呼ぶロイにその場にいるよう身振りで告げるとスッとそこから出る。ロイが息を潜めて見守る視界の外へとハボックの姿が廊下の角を曲がって消えた。見えなくなったことで必死に澄ましたロイの耳に微かな音に続いてドウと何かが倒れる音がする。少しするとハボックが銃を手に戻ってきた。手招きする姿にホッとして駆け寄るとハボックに聞く。 「キメラか?」 「ええ、一匹めっスね」 「後4匹か」 そう囁きあうと辿り着いた階段の上を見上げた。 「この階にはもういないと思うか?」 「5階建てでしょ、ここ。キメラが5匹ならここにはもういないんじゃないっスか?」 「そうだな」 ロイがそう答えた時、タンッと軽い音がして空を切る音がする。口を開くより早くハボックが突き飛ばしたロイ諸共廊下の端へと転げた。 「ハボックッ」 さっきまで二人が立っていたところに飛び降りてきたキメラ目がけてハボックが引き抜いた長身のナイフを手に走り寄る。飛びかかってくるキメラの動きに合わせてナイフを薙げば、さして力を入れずとも飛び掛るキメラの動きのままにその醜い体が裂かれていった。ドサリと落ちるキメラの頭部に止めの一撃を加えると、ハボックはナイフに付いたキメラの体液を手袋で拭う。その傍へ走り寄ったロイは見上げた瞳がいつもの綺麗な空色ではなく、硬質な光を湛えるガラスへと変化している事に気付いてゾクリと身を震わせた。 「怪我、ないっスか?」 「……平気だ」 ロイの言葉に頷くとそれ以上は何も言わずに階段を上がっていくハボックについて行きながら、ロイはこんな事はとっとと済ませて早く家に戻りたいと思うのだった。 二階で一匹、更に三階でもう一匹キメラを倒してハボックとロイは建物の中を進んでいく。四階への階段を探して廊下を歩きながらロイがハボックに言った。 「あと一匹か」 「四階にいるか、それとも自分のすぐ傍に置いて身を守るか、どっちっスかね」 「ヘタに近くに置きすぎると自分が危なくないか?」 そのキメラが凶暴であればあるほど近くにおけばわが身が危ない気がする。そう思ってロイが言えばハボックが頷いた。 「んじゃ、次の階で倒せば後はゴールまで一直線っスね」 ハボックがそう言ったとき、目の前に階段が現れる。一気に四階まで駆け上がると二人はあたりを見回した。ハボックとは反対の方向を見ていたロイがハッと目を見張ってハボックの腕を引く。振り向くハボックに目の動きだけで闇に沈む廊下の向こうを指した。 「いたぞ、こっちを見てる」 ロイの声にハボックもキメラの姿を見とめる。ゴリラに似たそれが醜く裂けた唇から涎をダラダラと垂れ流すのを見て、顔を顰めた。 「容姿がドンドンバージョンアップしてるっスね」 とっても美人、と嬉しくなさそうに呟くハボックにロイが言う。 「お前が嫌なら私がデートの申込みをしてくるぞ」 そう言って発火布を嵌めた手をひらめかせるロイにハボックが眉をひそめた。 「こんなとこに来てまでオレのデートの相手、横取りせんでくださいよ」 「いつ私がお前のデートの相手を横取りしたと言うんだ」 ロイはそう言ってからムッと眉間に皺を寄せる。 「お前、私以外の誰とデートしてるんだ?」 低い声で問いただすロイにハボックは目を丸くした。ちらりと隣に立つロイを見下ろせば黒い瞳が睨みつけてくる。 「言葉のあやでしょうが」 「綾だろうがなんだろうが気に食わん。後できっちり説明して貰うからな」 「あのね…」 どうしてそう、人の戦闘意欲を削ぐような事をいうかな、とぼやきながらハボックは銃を引き抜いた。ドスドスと手を付いて四足で走ってくるキメラに向けて構える。サイレンサーをつけた銃がキメラの眉間に向けて火を噴き、狙い違わず的を射抜いた銃弾は、だがキメラを止める事はできなかった。ハボックとロイが左右に分かれるようによけた間をキメラは走り抜けるとロイに向かって襲い掛かっていく。ハボックは続けざまにキメラに銃弾を叩き込みながら言った。 「オレの彼女に手、出してんじゃねぇよッ!」 弾倉の弾を撃ち尽くして尚倒れぬキメラに、舌打ちしてハボックがナイフを引き抜いた時、ようやくキメラが床へと倒れた。 「大佐ッ」 「大丈夫だ」 焔を叩きつけようと発火布を嵌めた手を掲げていたロイはその必要がなくなって腕を下ろすとそう答える。ジロリとハボックを睨むと言った。 「誰が彼女だ、誰がっ」 「まあ、いいじゃないっスか」 目尻を染めて睨んでくるロイにニヤニヤと笑ってハボックが答える。引き抜いたナイフを収め、マガジンを入れ替えると銃を手にしたまま上を指差した。 「さあ、後は対象の捕獲っスよ」 ハボックの言葉に息を吐いてロイは何か言おうとして開いた唇をそのままに凍りつく。その様子にハボックが不思議そうにロイの名を呼んだ。だが、ロイはそれには答えずハボックの肩越しにその向こうを見つめたまま囁く。 「ヒューズの阿呆は建物の中には5匹と言ってなかったか?」 「言ってましたよ、建物の中には5匹って」 「さっきので5匹目だと思っていたんだが私の数え違いだったかな」 そう言うロイの言葉に振り向いたハボックの目に。 ぞろぞろと姿を現すキメラの群れが飛び込んできたのだった。 |
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