霧屋  第五章


「つまり、ただ売人が掴まったっていうだけの話じゃなかったってことか?」
「うん、そう。ソイツが売ってた麻薬っていうのが錬金術でこさえたものでさ」
「そういえばキメラを番犬代わりに飼ってたな」
 ヒューズの言葉にロイが思い出したように言う。ヒューズは出されたコーヒーをひと口飲むと言った。
「この売人捕まえるのにあんまり表立ってやらなかったろ?おかげで麻薬作ってるその錬金術師の居場所探し出す時間が出来たんだ。ソイツが逃げ出す前にとっ捕まえたいんだが流石にそろそろ感づいたみたいでよ。早くしないとまた逃げられちまう」
「それで私に手を貸せ、っていうことか」
 ロイがそう言えばヒューズがうんうんと頷く。ロイはシートに深く腰掛けて背を預けると目を細めてヒューズを見た。
「売人を捕まえるのを頼んだヤツにもう一度頼んだ方が早くないか?」
「へ?それってどういう――」
「しらばっくれるなよ、ヒューズ」
 言葉を遮って言うロイにヒューズは目をぱちくりとさせる。そのまま知らぬフリも出来たのだろうがヒューズはロイにニヤリと笑って見せた。
「どこまで知ってんの、ロイ?」
「まだ何も。霧屋とかいうふざけたヤロウがいるってことだけだ」
 実に忌々しげに言うロイにヒューズは言う。
「いいんじゃねぇ?別に軍に損になることをしてるわけじゃない。むしろこっちの手が回んないとこを代わりにやってくれてるんだし」
「馬鹿にされるのは嫌いだ」
「馬鹿になんてしてるわけじゃないだろ、なぁ、少尉」
 吐き捨てる様に言うロイにヒューズは面白そうに言ってハボックを見た。コーヒーを出してそそくさと執務室を出て行こうとしていたハボックは不満げに唇を突き出すと答える。
「なぁ、って言われてもオレはソイツじゃないから判らないっスね」
「そうかぁ、お前ならこの手のヤツの気持ちはよっく判るかと思ったんだけど」
「なんスか、それ」
 ハボックはムッとして答えると執務室の扉に手をかけた。そのまま出て行こうとする背にロイが声をかける。
「ハボック、皆を呼んでくれ。不本意だが時間がないというのであれば急いで協力せねばなるまい」
「…アイ、サー」
 ハボックはそう答えると執務室を出て行ったのだった。

「企業の研究室?研究者か?ソイツ」
 ロイはヒューズの持ってきた資料を捲りながらそう言う。
「研究熱心が高じて余計なもんを作っちまったってとこだろうな」
 ロイの言葉に頷いてヒューズはそう答えた。
「出来たもんを売ってみたら意外と金になった。作ったキメラは番犬代わりに売れる。作った本人にしてみりゃ嬉しくて仕方ないってとこだろう」
「作ったものを認められて嬉しくないヤツはいないだろうからな」
「だが、作ったもんがいけねぇ」
 ヒューズは言って顔を顰める。
「その麻薬は人間の欲を引きずり出すんだ。っていうより、普段人間なら理性でもって抑えているはずのものの掛け金が外れるって言った方がいいか」
 ヒューズの言葉にロイは手にした資料に目を落とした。
「強盗、殺人、放火、レイプ……目を覆いたくなるような写真ばかりだ」
「ここで捕まえないと麻薬持ってまた逃げちまう、ロイ」
「ああ、判っている。中尉、この研究室界隈の地図を」
 ロイがそう言えばホークアイがスッと資料を差し出す。
「これです。研究室の見取り図はこちらです」
「おお、さすがリザちゃん、手際がいいねぇ」
「予め中佐がご連絡くださってましたから」
 そう答えるホークアイにロイは思い切り顔を顰めた。
「お前、人の部下をなんだと思ってるんだ」
「俺はただロイに仕事頼むにあたってこの資料用意しといて、って言っただけだもん」
「なにが“だもん”だ気色の悪い」
 ロイに言われてヒューズはペロリと舌を出してみせる。だが、すぐに真面目な表情を浮かべると言った。
「とにかく身の回りのもの持ち出せるようにしたらすぐにも逃げ出すつもりだろう。一刻も早く身柄を拘束したい。だが」
「キメラか」
「敷地内にうようよいるらしいんだ」
 ウンザリしたように言うヒューズにロイはため息をつく。
「外のヤツは狙撃するにしても建物の中にもいるんだろう?大体何匹くらいいるんだ?」
「外に8匹、中に5匹いるらしい。どいつも獣ベースのキメラだ」
「この間売人のところにいたようなヤツだな」
 ロイは頷くと敷地の地図を広げた。それを見ながらホークアイに聞く。
「狙撃ポイントはどこだ、中尉」
「そうですね、ここと、ここと…それからここ。それだけ配置すれば外のキメラは排除できると思われます」
「そうか、中尉、君とそれから後2名、人選して配置につくようにしてくれ」
「アイ、サー」
 ホークアイは答えて執務室を出て行った。それを見送ってロイが改めて図面に目を落とす。
「後は中のキメラの排除と対象の確保だな」
 ロイはそう言うとニンマリと笑った。
「やはりここは私の出番――」
「ダメっス」
 嬉々として言って発火布を取り出すロイにハボックが即座に否定する。ムッと唇を突き出すロイに向かって言った。
「アンタは司令官なんスから出なくていいって何度言ったら判るんスか。中のキメラ退治にはオレが行きます」
 そう言うハボックにロイが顔を顰める。
「相手はキメラだぞ。錬金術師の私が行った方が早く確実に倒せるだろう。危険だって少ない筈だ」
「アンタが出てってドカンドカン焔噴き上げたら肝心の相手が逃げちゃうっしょ?オレが行きます」
 ハボックは言って挑むようにロイを見た。
「オレが信じらんないっスか、大佐」
そ んないい方をされれば引き止める言葉など言えよう筈もない。ロイは額に手を当てると言った。
「隊の中から腕の立つヤツを一人か二人連れてけ。必要なものは何でも持っていっていい」
「必要なものは持ってかせて貰うっスけどね、行くのはオレ一人で十分っス」
「ハボック」
「任せて下さい、大佐」
 そう言って自信に満ちた笑みを浮かべるハボックにロイはそれ以上何も言えなくなってしまう。不貞腐れたような表情を浮かべたきり黙ってしまったロイにハボックは笑った。
「大丈夫っスよ、大佐。いつだってオレ、大佐の期待に答えてきたっしょ」
 ハボックはそう言うとチラリとヒューズを見る。ヒューズは片眉を跳ね上げると立ち上がり窓に寄ると、行儀よく外へと目を向けた。
「今回もちゃんとアンタの期待に沿うような働きして見せますから」
 ハボックはそう言うとロイの髪を撫でる。頬に手を添えると顔を寄せた。
「………」
 チュッチュッと啄ばむように唇を寄せるだけのキスをする。それから黒曜石の目元にキスを落とすと言った。
「ジャン・ハボック少尉、ホークアイ中尉の準備が出来次第配置につきます」
 言って敬礼するとハボックは執務室を出て行く。パタンと扉が閉まる音がして暫くするとロイが言った。
「まったく、お前が来るとろくなことがない」
「言うなよ、悪いと思ってんだからさ」
「どうだか」
 ジロリと睨むロイにヒューズがニヤリと笑う。
「ちゃんと見ないでやったろ」
「フン」
 そう言うヒューズにロイは僅かに目元を染めるとプイとそっぽを向いたのだった。


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