| 霧屋 第四章 |
| 「なにか判ったか?」 扉を開けた途端そう尋ねるロイの声が聞こえてホークアイは苦笑する。もともと気が長い方ではないのだろうがそれでも駆け引きに長けたこの上司が時折ごく一部の気が置けない部下に対してみせるこういった態度が微笑ましいとホークアイは思って微笑した。だが、それを口には出さず手にした書類をロイの前に差し出すと言う。 「それぞれの事件が関連あるかどうかまではまだ判りませんが、共通点のある事件をピックアップしてみました」 ロイはホークアイの言葉に頷きながら差し出された書類を手に取った。そこにはいくつかの事件の名前と概要が記されてあった。 「これはこの間の麻薬の売人の件だな。その前のテロリストの事件。これは…誘拐された市議の令嬢の救出。それから……」 ロイは目を通しながらブツブツと小声で呟く。ホークアイがロイを見つめて言った。 「それぞれの事件の共通項はどれも軍を出し抜くように一手先を打っていることです。先日のテロリストの事件も我々が罠だと気付く前に知っていた節がありますし、麻薬の売人の件もそうです。それとどの事件の時にも――」 「深い霧が立ち込めていた、か」 ホ ークアイの言葉を受けてロイが言えば鳶色の瞳が頷く。 「それから調べているうちにひとつ面白い話を耳にしました」 「ほう?」 視線で先を促すロイにホークアイは言葉を続けた。 「最近イーストシティでよく囁かれている言葉があるそうです。“困った時には霧屋に頼め”と」 「霧屋?なんだ、それは。人の名前か?」 「判りません。人の名なのか、それとも組織の名なのか…。ただはっきりしている事は霧屋に駆け込む人の誰もが軍に頼むより早くて確実に解決してくれると思っているということです」 ホークアイの言葉にロイのこめかみがヒクリと動く。引きつった笑いを浮かべて言った。 「…ずいぶんと舐めた話じゃないか。軍より早くて確実?」 「実際市議が自分の娘の救出を霧屋に頼んだのも一刻も早い救助を願ってのことだそうです」 ロイは手にした書類を机の上に放り投げると椅子の背もたれに体を預ける。腕を組んでホークアイを見つめると言った。 「それ以上霧屋について判った事は?ソイツへの連絡方法はどうなっているんだ?」 「詳しい事はこれ以上何も。ただ連絡方法は判っています」 ホークアイはそう言うとファイルの中から紙片を一枚取り出す。ロイの前に置かれたそれには電話番号がひとつ書かれていた。 「その番号に電話して要件を吹き込むと折り返し連絡が来るそうです。そこでもう一度詳しい話をすると一度切れてもう一回連絡が。いついつまでに霧屋が片をつけるといった内容のもので、実際その日時になると事件は解決している、と」 「その電話番号から辿る事はできないのか?」 「出来ませんでした。それに少しすると番号も変わるようです。その番号もいつまで使えるか…」 そう言われてロイは紙片に書かれた番号を見つめる。 「実際に仕事を依頼するのが一番の近道、ということか」 ロイはそう呟くと考え込むようにじっと紙片を見つめていたのだった。 「ハボック、悪いが駅まで迎えの車を回してくれるか?」 執務室から顔を出したロイがハボックに向かって言う。ハボックはプカリと煙を吐き出すと答えた。 「了解っス。で、誰を迎えに?」 「ヒューズの阿呆がセントラルから出て来る。図々しくもお前を迎えに寄越せと言ってきやがった」 ロイの言葉にハボックはボフッと煙を噴き出すと思い切り顔を顰める。 「またあのオッサン来るんスか?セントラルってのはよっぽど暇なんスかね」 「さあな。とにかくほっとくと後でグチグチ煩いから迎えに行って来てくれ」 「…アイ、サー」 ハボックは気の乗らない敬礼を返すと司令室を出て行く。車を回す前に一度司令部の敷地を出ると一番近い電話ボックスに入った。かけ慣れた番号を回すと電話の上をコツコツと指で叩きながら相手が出るのを待つ。数コールして受話器から声が聞こえると話し出した。 「じいさん?ああ、オレオレ」 『お前さんか、丁度こっちから連絡しようとしてたところだ』 「どうせ中佐絡みだろ?なんか御大自らこっちくるらしいじゃん」 ハボックがそう言えば電話の相手は意外そうな声で答えた。 『いや、儂が連絡しようと思ったのは中佐のことじゃないぞ』 「え?それじゃ…」 『面白い相手から仕事の依頼が来てるぞ、霧屋』 そう言う老人の声は酷く楽しげで、ハボックは不安に駆られる。聞かない方が身のためのような気もしたが、聞かない訳にも行かず、ハボックは渋々相手の名を尋ねた。 『凄いぞ、今度の依頼人は大物だ。霧屋も有名になったもんだ』 「だから誰だよ。さっさと言え、オレ忙しいんだからさ」 『聞いて驚け、なんとあの焔の錬金術師殿だ』 受話器から聞こえた言葉が一瞬理解出来ずにハボックはキョトンとする。確かめるようにその名を繰り返した。 「焔の錬金術師………って!大佐じゃんっ!!」 『そうとも言う』 「そうとも言うんじゃなくて、大佐だろッッ!!」 ハボックはそう怒鳴ってしまってから慌てて口を押さえてきょろきょろとあたりを見回す。近くに人がいないことを確認すると受話器に向かって囁いた。 「どういうことだよ、大佐から依頼って」 『正確には大佐からと言う事にはなってないがな。だがこんな偽名、儂が調べればチョチョイのチョイじゃ』 「なことはどうでもいいよ。なんで大佐が霧屋の番号知ってんのさ」 『さあなぁ、それだけ霧屋も有名になったってことじゃろ』 「有名になんてなりたくねぇよ。すぐ番号変えろ。それからその依頼、断われよ」 ハボックが早口にそう言えば受話器の向こうから不服そうな老人の声が聞こえる。 『番号は変えたがな。依頼、断わるのか?』 「あったり前だろッ!受けられるか、そんなの」 『すごく割りのいい仕事なんじゃが』 「断われ、絶対に断われ、いいな、もし受けたりしたらアパート霧ん中、沈めるぞッ」 物凄い剣幕で畳み掛けるハボックに老人はブツブツと不平を言った。だが、ハボックはそれには耳を貸さずに言葉を続ける。 「とにかく、暫くの間霧屋の仕事は請けるな。丁度オレも忙しいから余計な仕事はしてらんないし、いいな」 ハボックはそれだけ言うと受話器をフックに戻す。電話機に寄りかかると体中の酸素を吐き出すようなため息をついた。 「なんで大佐が霧屋のこと調べてんだ?すっげ、ヤバイじゃん」 ハボックはそう呟くと頭をガリガリと掻く。それからここで悩んでいても何も思い浮かばないとヒューズを迎えに駅へ行く為司令部へと駆けていったのだった。 「おう、ここだ!少尉!」 駅の近くに車を止めて下りればヒューズが手を振って歩いてくる。その近くに他の軍服の姿が見えない事に顔を顰めるとハボックはヒューズに言った。 「アンタねぇ、佐官のクセに一人でフラフラすんの、やめてくれません?」 「お前のトコにも同じようなのがいんだろ、硬い事言うなって」 ヒューズはへらへらと笑うとハボックが開けてくれたドアへと滑り込む。ヒューズが乗り込んだのを確認するとハボックは扉を閉めて運転席へと回った。車が走り出した途端、ヒューズが口を開く。 「この間は助かったぜ、さすが霧屋だな」 「…アンタ、キメラの事言わなかったっスね」 「んー?そうだったかぁ?でも何も問題なかったろ?」 まるで悪びれた様子もなく言うヒューズをハボックはミラー越しに睨みつけた。そんなハボックの視線など物ともせずにヒューズは言葉を続ける。 「でな、今度の出張はその続きなわけよ」 「…どういうことっスか?」 ヒューズの言葉に怒っていた事も忘れて思わず問いかけてしまってからハボックは舌打ちした。ヒューズが答えて何か言う前に慌てて言う。 「オレ、今回はアンタの仕事手伝いませんから」 「なんで?」 「大佐がその事を妙に気にかけて霧屋のこと調べてるんスよ。大人しくしてないとばれちまう」 「ロイが?」 ヒューズは意外そうに目を瞠ったが、次の瞬間ニヤリと笑って言った。 「いっそのことばらしちまえば?」 「なっ…」 その言葉にハボックは思いっきりブレーキを踏み込んでしまう。ガクンと大きく体を揺らすと、シートの間からヒューズを睨んだ。 「大佐にばらしたりしたら赦さないっすからねッッ」 噛み付くように言って続ける。 「とにかくオレは今回ノータッチっスから」 そう言ってアクセルを踏み込むハボックにヒューズが楽しそうに言った。 「それがそうもいかないんだな、これが」 楽しげなヒューズの声にハボックは不安に駆られてミラー越しに見つめる。常磐色の瞳がにっこりと笑うと言った。 「これ、ロイに頼む仕事だから」 それを聞いた途端、今度は思い切りアクセルを踏み込んでしまったハボックだった。 |
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