Blackcurrant encounter


「うわぁ、これがケーキ屋さんの厨房かぁ!」
 初めて入るだろうケーキ屋の裏方にジャンが目をキラキラと輝かせる。凄いなぁと感激したように見回すジャンにオレは言った。
「エプロンは持ってきた?」
「あ、はい!いつも使ってる奴っスけど」
 ジャンはそう言って持っていたデイバックからエプロンとバンダナを取り出して身につけた。
「手、どこで洗えばいいっスか?」
「ん?ああ、ここでいいよ」
 厨房のシンクを示して言えば、ジャンはハンドソープで二度丁寧に手を洗ってエプロンのポケットに入っていた清潔なタオルで手を拭う。彼の母親は食品を扱う時の心得をちゃんと教えているようだ。ジャンの姿を笑みを浮かべて見つめていれば、ジャンは持ってきたジャムの瓶をカウンターに置いた。
「ほう、それがカシスのジャムか?」
「はい。母さんと一緒に作ったんス」
 マスタングさんは紫色のジャムが詰まった瓶を見て言う。近づいてきたと思ったらさっさと瓶を開けてスプーンでジャムを掬うと口に運んだ。
「マスタングさん、行儀悪いっスよ」
 つまみ食いなんて、と眉をしかめたオレに答えず、マスタングさんは目を丸くしてジャンを見た。
「旨い。絶品だな、本当にお前が作ったのか?」
「え?そんなに?」
 甘いものに関しては特に味に煩いマスタングさんが手放しで褒めるのを聞いて、オレも思わずスプーンを取り出してジャムを食べる。ジャンが母親と一緒に作ったというカシスのジャムは酸味と甘味のバランスが絶妙で、本当に美味しかった。
「本当だ。凄く美味しい!」
「ホントっスか?へへ、嬉しいっ」
 マスタングさんとオレに褒められて、ジャンが嬉しそうに首を竦めて笑う。
「先輩もオレのジャムすっごく気に入ってくれてるんス。バレンタインにはこのジャム入りのチョコあげて……」
 えへへ、と擽ったそうに笑いながら言うジャンはとても可愛い。金色の髪をくしゃりと掻き混ぜてオレは言った。
「こんな美味しいジャムが入ったチョコを貰ったら、きっと凄く幸せだね」
「──ありがとっ」
 オレの言葉にジャンが一瞬空色の瞳を見開き、それからクシャクシャッと笑う。スプーンを手にジャムの瓶を持つマスタングさんの手からオレは慌てて瓶を取り上げた。
「マシュマロに使うんスから!食っちゃダメっしょ!」
「じゃあ私にもこのジャム入りのマシュマロを作ってくれ」
 ジャムの瓶を取り上げられて、マスタングさんは不満そうに唇を尖らせて言う。やれやれとため息をついていると、ジャンが言った。
「だったらマスタングさんも一緒に作ったらどうっスか?作ってハボックさんにホワイトデーであげたらいいっしょ?」
「あ、それいい考えじゃね?」
 ジャンの提案にオレはパチンと指を鳴らす。そうすればマスタングさんは眉をしかめて答えた。
「どうしてプロのパティシエに手作りのマシュマロを贈るなんて自虐的な事をせねばならんのだ」
「でも、自分のために作ってくれたと思ったら、プロだって嬉しいんじゃないんスか?」
 ねぇ?とジャンは言ってオレを見上げる。思いっ切り頷いて見せたけど、マスタングさんは肩を竦めてスツールに腰掛けてしまった。
「食べるの専門らしいよ」
「残念だったっスね」
 がっかりと肩を落とすオレの頭をジャンが背伸びして撫でてくれる。「ありがと」と笑ってオレはしゃんと背を伸ばした。
「よし、じゃあマシュマロ作りに取りかかろうか」
「はいっ、よろしくおねがいしまっす!」
 オレの言葉にジャンもピッと背筋を伸ばして答える。オレはカウンターに並べた材料を示して言った。
「分量量っておこうかと思ったんだけどそこから自分でやった方がいいだろうと思って」
「はい、大丈夫っス、やります!」
 オレの指示通り粉ゼラチンと砂糖を量り、ジャンは慣れた様子で砂糖をふるう。
「鍋に分量の水を入れたら粉ゼラチンを振り入れてふやかしておいて」
「はい」
 ジャンはてきぱきと計量カップで水を量りゼラチンを振り入れた。
「次はこのバットにコンスターチを入れて……もっと沢山」
「えー、こんな入れていいんスか?」
 コーンスターチを袋からバットに空けながらジャンが不安そうに言う。
「平気平気、1.5センチから2センチくらい入れて。そこにマシュマロ入れて作るから」
「1.5から2センチ……わあ、大量〜っ」
 コーンスターチを振り入れながらジャンが言う。これくらい?と見上げてくる空色に頷いて、オレはカウンターの上の卵を取り上げた。
「卵のお尻でマシュマロを流し込む窪みを作るんだ」
 こうやって、と一つ丸く窪みを作って見せて、オレは卵をジャンに渡す。ジャンは少しずつ間をあけて幾つも窪みを作った。
「おもしろーいっ」
 ふふっと笑ってオレを見上げるジャンに笑い返せば、マスタングさんがスツールから腰を上げてバットの中を覗き込んだ。
「マシュマロっていうのはそんな粉の中で作るのか?」
「粉つけないとひっついちまうんスよ。マシュマロって粉がついてるっしょ?」
「言われてみれば確かにそうだな」
 マスタングさんは言いながら厨房を出ていく。どうやらマシュマロを探しに行ったようだが、棚が空なままだったので残念そうに肩を落として戻ってきた。
「今度作っておきますから」
「今、食いたいんだ」
「またそんな子供みたいな事を」
 そんなオレたちのやりとりをジャン心配そうに見る。オレはニコッと笑ってジャンの頭をポンポンと叩いた。


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