Blackcurrant encounter


「同姓同名の男の子?」
「そうなんスよ、もうびっくりで」
 オレは定休日の店の厨房で棚からバットや鍋を取り出しながら答える。マスタングさんは店の続きのオレの家から勝手に持ってきたスツールに腰掛けて、昨日売れ残ったケーキを頬張り手にしたフォークを振った。
「同姓同名がいるのは不思議じゃないが、このイーストシティにいるとはびっくりだな。珍しい名前じゃないが、沢山ある名前でもないだろう?」
「そうっスね、名字だけとか名前だけとかならともかく、同姓同名っスからね─────マスタングさん、行儀悪いっス」
 クリームの付いたフォークを振りながらしゃべるなんて、と睨めばマスタングさんは素知らぬ顔で残りのケーキを口に入れる。おかわり、と空になった皿を差し出されて、オレは冷蔵庫の中からもう一つケーキを出して皿に載せた。
「ケーキばっかり食べて。アンタ、ちゃんとした食事食ってるんでしょうね?」
「とりあえず今日の朝食はこれだ」
「マスタングさん」
「そう言うなら食事を作りに来てくれ。なんならそのまま一緒に住んでもいいぞ」
「あのね……」
 オレが売れ残ったケーキは捨ててる事を知ったマスタングさんは「なんて勿体ないことをッッ!!」とこの世の終わりのような顔で叫んで、それ以来オレがケーキを捨てるのを赦してくれない。一応売れる分だけを作っているつもりだがやはりどうしても誤差は出て、流石にケーキ屋として翌日に残り物を出すわけにはいかず食べられるものを捨てる罪悪感を感じながら処分していたオレとしてはこうして食べてくれるのは嬉しくもあるのだけど、それにしてもケーキが朝食っていうのはどうかと思う。
「なあ、ハボック。本当に私の家に一緒に住む気はないか?」
 その上この間から一緒に住もうと熱烈なアプローチをしかけてきて、今のところ店があるからと断っているけれどそのうち根負けして一緒に住んでしまいそうな気がして、その話が出る度オレは慌てて話を変えるのが常だった。
「あ、そろそろジャンが来る頃っスよ」
 オレはマスタングさんの問いかけには答えず腕時計を見て言う。そうすればマスタングさんはがっかりしたようなため息をついてケーキを口に運んだ。
「会ったらきっとびっくりするっスよ」
 オレはそんなマスタングさんの姿に沸き上がる罪悪感を誤魔化すように笑う。そんなオレの気持ちに気づいているのかいないのか、マスタングさんは小首を傾げた。
「同姓同名というだけで驚きではあるが、よっぽど可愛いとか子供のくせにもの凄くデカイとか、そう言う事か?」
「ふふ、会えば判るっスよ」
 ニヤリと笑ってオレはマシュマロ作りの材料をカウンターに並べる。分量を量っておこうかと思ったけれど、そこからやるのがお菓子作りだと考えて、分量は量らずにおいた。
「今日は平日だろう?学生は学校があるんじゃないのか?どこの学校だ?」
「アメストリス学園ってあるっしょ?小学部から大学まであるでっかい学校。あそこの中等部に通ってるって言ってたっス。今日はもう試験休みで休みだって」
「もう休みだと?学生ならもっと勉強しろ、勉強を。折角のハボックの休みを」
「マスタングさん」
 どうやらマスタングさんは店が休みのオレとどこかへ出かけたかったらしい。それをふいにしたジャンに少々腹を立ててムッと唇を引き結ぶマスタングさんに、オレは笑って言った。
「ジャンの事見たらそんな気持ち吹っ飛ぶっスよ」
「別にデカイ中坊なんて見たくない」
「デカくないっスよ」
 オレが大柄なせいか、もう一人のジャン・ハボックも大柄だと決めつけているみたいだ。ジャンを見たらマスタングさんがどんな反応を示すのかがもの凄く楽しみで、オレはジャンが来るのを今か今かと待っていた。


「あのー……すんませーん」
 それから十分ほど経った頃だろうか、ドアベルがカランと鳴ったと思うと店先で遠慮がちな声が聞こえる。オレは腰掛けていたスツールから立ち上がり、店へと出た。
「いらっしゃい」
「あ、ハボックさん」
 オレの顔を見てジャンがパッと顔を輝かせる。ニコッと笑ってジャンはペコリと頭を下げた。
「お言葉に甘えて図々しく来ちゃいましたっ、今日はよろしくお願いしますッ」
 礼儀正しくそう言うジャンの金色の頭をオレは優しく撫でる。そうすれば頭を上げたジャンが擽ったそうに笑った。その時、カタンと音がしてマスタングさんが奥から出てくる。「来たのか?」と言いかけたマスタングさんの黒曜石がまん丸になるのを見て、オレは内心「やった」なんて思った。
「さっき話したジャン・ハボックっスよ。ジャン、この人はオレの……えっと、その……よくケーキを買いに来てくれるロイ・マスタングさん」
「えっ?あ、そ、そうなんスか!……あ、えっと、ジャン・ハボックっス。よろしくお願いします」
 マスタングさんの事をなんと紹介したらいいのか迷って、オレは当たり障りのない言葉で二人を引き合わせる。オレ以外に人がいることに驚いたのか、ジャンは慌てた様子で頭を下げた。
「私はハボックの恋人のロイ・マスタングだ」
「ちょ……ッ、マスタングさんッ」
 ジャンを見た驚きから立ち直ったマスタングさんがそんな風に名乗るのを聞いて、オレは思わず顔を赤らめる。チラリとジャンを見れば、案の定驚いた顔でマスタングさんを見ていた。
「何か言いたい事があるのか?」
 マスタングさんはオレとジャンの二人を見て言う。
「だ、だって、恥ずかしいっしょ!」
 別に知られて困る事ではないが、恋人なんて言われたら照れてしまう。そう訴えるオレに構わず、マスタングさんは尋ねるようにジャンを見た。
「ハボックさん、こんなカッコいい恋人いたんだ。もしかしてオレ、邪魔だったっスか?」
「えっ?べ、別に邪魔なんて事はッ」
「ほう」
 まさかそんな事を言われるとは思わずオレは狼狽える。マスタングさんは面白そうにジャンを見て言った。
「ふふ、気に入ったぞ。確かにデートの邪魔をされたが、今日は特別に赦してやろう。ホワイトデー用のマシュマロを作るんだって?」
「あ、はい。ありがとうございますッ」
「ちょっと、マスタングさん!」
 ニッと笑うマスタングさんの腕をオレは慌てて引く。もう一度ペコリと頭を下げるジャンにオレは言った。
「ジャム、持ってきたんだろう?早速作ろうか」
「はいっ、よろしくお願いしますっ」
 言えばジャンがニコッと笑う。オレはそんなジャンに笑みを返してジャンを厨房へと招き入れた。


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