Blackcurrant encounter


「あれっ?カシス、もうなかったっけ?」
 店の冷凍庫を覗いたオレはあると思っていた冷凍カシスが切れていることに気づく。参ったなとため息をついてパタンと扉を閉じた。
「マスタングさん、マシュマロ食べたいって言ってたのになぁ」
 他の材料はあるがカシスがないとマシュマロが作れない。腕時計で時間を確かめれば、まだそれほど遅くはない時間だった。
「よし、急いで買ってこよう」
 プロ仕様の大袋も扱っている食品スーパーは確か夜十時までやっている筈だ。オレは胸に小さく店のロゴが刺繍してあるパティシエ服を脱ぐと、急いで店を出た。


 オレの名はジャン・ハボック。ここイーストシティで小さな洋菓子店を経営している。カシスとストロベリー、パッションフルーツを使ったマシュマロは結構人気があって、品切れになることもしょっちゅうだった。現に昨日の夕方マスタングさんが店に来てくれた時もマシュマロは品切れで、食べたかったのにと甚く残念がってくれていたのだ。因みにマスタングさんと言うのは、最近うちに来てくれるようになったお客さんで……。毎年大量に貰うらしいバレンタインのお返しの事で相談に乗っているうちに親しくなった。オレが打ち明けられない想いを込めてバレンタインに作ったチョコレートケーキを「私にくれるために作ってくれたんだろう」と断言して、ショーケースの隅っこにそっと置いておいたそれを手掴みで食べたとんでもない人だ。まあ、確かにそのケーキはマスタングさんの為に作ったものだったし、キスされた時は嬉しくて泣いちゃったんだけどさ。


「────ッ」
 その時の事が頭に浮かんで、オレは慌てて頭を振って記憶を追い出すと足早に通りを歩いていく。スーパーは思った通り開いていて、オレは冷凍商品を置いてある棚に向かって一直線に歩いていった。
(カシス、カシス……と、あった!)
 オレは冷凍ケースの中に並んでいる商品を目で追って目当てのものを探す。ケースの中に一つだけあったカシスの袋を見つけて手を伸ばせば、横から伸びてきた手が同時に袋を掴んだ。
「「あ」」
 すぐ側で声が聞こえて、オレは声のした方を振り向く。すると驚いたように見開く空色と目があった。
(わ。なにこのデジャヴ)
 見上げてくる少年の姿に俄に沸き上がる既視感にオレは目を瞠る。金色の髪に空色の瞳の少年を見つめていれば、ふと思い浮かんだのは在りし日の幼い自分自身の姿だった。
(そっか。オレのガキの頃に似てるんだ、この子)
 中学生くらいだろうか。もう少し大きければオレと兄弟と言ってもおかしくない、いや今でもおかしくないか。そんな事を考えながら見つめていれば、少年が慌てて手を引いた。
「ご、ごめんなさいっ」
「ああいや、こっちこそごめん。これ、いるんだろう?」
 そう言ってカシスの袋を差し出せば少年が目を見開く。ふるふると首を振って少年は言った。
「でも、お兄さんの方が先にとってたっしょ、だから」
 どうぞどうぞ、と袋を押し返してくる少年にオレはクスリと笑った。
「いいよ、君が持っていきな。お母さんに頼まれたお使いなんだろう?」
 きっと母親に頼まれて買いにきたのだろうとそう思って言えば、少年は可愛らしく首を傾げた。
「んっと、母さんも欲しがってたけど、オレも必要だから」
「君も?」
「うん、ジャム作ろうと思って」
 そんな事を言う少年をオレは驚いて見つめる。すると少年はちょっぴり恥ずかしそうに顔を赤らめて言った。
「いっつも母さんと一緒にカシスのジャム、作るんス。んで、今回はその……オレの先輩がホワイトデーのお返しにカシスジャム入りのマシュマロをオレにくれるって。でも自分じゃ作れないからオレに作ってくれって。変でしょ?オレにくれるマシュマロをオレが作るなんてさ」
「そうだな」
 言って唇を尖らせる少年にオレはクスリと笑う。
「でも作ってあげるんだ?」
「うん……だってオレのジャムを先輩が大好きなの知ってるし、オレのジャム入れたマシュマロ贈ってくれようと思ってくれただけで嬉しいし。まあ、本当は先輩が食べたいだけなんだろうけど」
 ちょっぴり不満をのせて、でもとても幸せそうに少年は言う。それから首を傾げて続けた。
「でもマシュマロなんて上手く作れるかな。ジャムはいつも作ってるけど、マシュマロは作ったことないんスよね」
「マシュマロなら簡単に作れるよ。作り方、教えてあげようか?」
「えっ?」
 嬉しそうに先輩の話をする少年の姿に、オレは思わずそう言ってしまう。驚いたように見上げてくる少年にオレは言った。
「こう見えてもオレ、ケーキ屋やってるんだ」
「うっそ!お兄さん、ケーキ屋さんなの?」
 オレがパティシエだと言えば十人が十人示す反応と同じ反応が少年から返ってくる。続く言葉は「信じられない」だと思っていると、少年が目をキラキラとさせて言った。
「すっごい!お兄さん、パティシエなんだ!カッコいい!スゴいね!」
「えっ?あ、ありがとう」
 パッと花が咲くように笑って言う少年にオレは驚いて目をぱちくりとさせる。
「ホントにマシュマロの作り方教えて貰えるんスか?」
「──ああ、勿論。オレの店においで。そうだな、明後日なら店が休みだから。ホワイトデーにはそれで間に合うだろう?」
 キラキラと期待に目を輝かせる少年にオレは笑って答える。オレは手を差し出して少年に名乗った。
「オレはジャン・ハボックだ。よろしく」
「えっ?ジャン……ハボック?」
 オレの名に少年は驚いて声を上げる。そんなに変わった名でもないだろうにと眉を寄せるオレに少年は言った。
「オレの名前もジャン・ハボックっス」
「え?……ええッ?」
 オレのガキの頃によく似た少年の名がジャン・ハボックだとは!そんな偶然があるのだろうかとオレと少年は目をまん丸にして見つめあった。


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