あなたに特別


「おはようございます、大佐。サインお願いします」
 コンコンとノックの音が終わらないうちに開いた扉からハボックが飛び込んでくる。朝からもりもり働く気満々といった感じのハボックに、ロイは嫌そうに眉を寄せた。
「なんだ、朝っぱらからサインか?朝一番は書類じゃなくてコーヒーを持ってくるというのが────」
「サインお願いしますっ、大佐!」
 ハボックはロイの言葉を遮って書類を突き出す。目の前に突き出された書類をロイは渋々と受け取ってサインを認めた。
「朝からいい心がけだな、ハボック」
「仕事はさっさと終わらせた方がいいっしょ?」
 ハボックはニッと笑って書類を受け取る。
(だって今日は中佐が来るっていうし!)
 夕べ遅くこれから列車に乗るのだというヒューズから連絡があった。なかなかヒューズと連絡がとれなくて、ホワイトデーは一緒に過ごせないのかとがっかりしていたハボックは、ヒューズがホワイトデーにこっちに来るために連絡をとる暇がないほど必死に仕事をしていたのだと聞いて胸が熱くなった。
(今日は絶対残業なんてしないんだ!そのためにはさっさと仕事しなきゃ!)
 折角ヒューズが来てくれるのに残業なんかで貴重な時間を潰すわけにはいかない。そう考えてハボックが急いで執務室を出ようとすれば、背後からロイの声が聞こえた。
「そういえば今日ヒューズが来るぞ」
「あ……そうなんスか」
 もう知っているとは言いづらくてハボックはへらりと笑って執務室を出る。
(こっちに来るの、大佐絡みだったのか……)
 自分のためだけではないのかとちょっぴり残念に思ったもののハボックは軽く首を振ってその考えを振り払った。
(いいや、それでもちゃんとホワイトデーに合わせて来てくれるんだもん!)
 忙しいヒューズが来てくれる、それだけで十分な筈だ。
「さぁ、さっさと仕事しちゃおう!書類出したら次は演習だ」
 ハボックは景気づけるように口に出して言うと、書類を手に司令室を出ていった。


「やっほー、ロイくーん」
 バンッと勢いよく開いた扉から入ってきたヒューズにロイは書類を書いていた手を止める。椅子の背に体を預けて見上げれば、ヒューズがニコニコと笑いながら近寄ってきた。
「相変わらず忙しそうだな、ロイ」
「お前の変な依頼のせいで余計な時間が取られたからな」
「とか言って、サボる口実が出来てよかったんじゃないのか?」
「む」
 図星をさされてロイは唇を歪める。そんなロイの前にヒューズは持っていた袋から大きな箱を取り出した。
「これはせめてものお礼」
「お!気が利くじゃないか、ヒューズ」
 お気に入りのセントラルの洋菓子店のロゴが描かれた箱を前にロイはニヤリと笑う。引き出しから綺麗にラッピングされた箱を取り出しヒューズに差し出した。
「頼まれたチョコだ」
「おお、ラッピングまでしてくれたのか」
「その方が油断して食うかと思ったんでな」
「流石、ロイ君!気が利くぅ」
 嬉しそうに両手を握り締めて言って、ヒューズは箱を受け取る。
「ホント、助かったぜ、ロイ。サンキューな」
「ああ」
 既に目の前の洋菓子の箱の方に気を取られて、ロイは半ば上の空で答えた。いそいそと蓋を開ければ現れたチョコやクッキーにロイは顔を輝かせる。
「新作だなっ!食べたいと思ってたんだ」
「まあ、ゆっくり楽しんでくれよ。じゃあ俺はこれで」
「ああ────あ、そうだ。ヒューズ、そのチョコな。相当強烈だから一度に一粒以上食わせるのはやめておいた方が……」
 どれから食べようと箱の上で指をさまよわせていたロイは、ふと思い出した注意事項を伝えようとする。だが、言っている途中で扉の閉まる音が聞こえて、顔を上げればもうヒューズの姿は部屋の中になかった。
「────ま、いいか。トロトロになった相手に迫られて困るのはヒューズだ」
 私には関係ないなと呟いて、ロイは嬉しそうに摘んだクッキーを口に放り込んだ。


「もーっ、なんで朝出した書類の訂正が夕方になって来るんだよッ」
 ハボックは悪態をつきながら暮れてしまった通りを走っていく。本当は定時と同時に帰ろうと思っていたのに、朝一番で出した書類の訂正を求められて遅くなってしまっていた。
「中佐、もう来てるかな」
 ヒューズからは直接アパートに行くと連絡が来ていた。出来ることなら先に帰ってヒューズを迎えたいと思っていたのにと思いつつ、ハボックは途中で買い込んだ夕食用の材料の紙袋を手に全速力で駆けていく。辿り着いたアパートの階段をガンガンと音を立てて駆け上がれば、部屋の前に佇む人影にパッと顔を輝かせてハボックは口を開いた。
「中佐っ」
「おお、ハボック」
 ハボックの声に扉に寄りかかって煙草を吸っていたヒューズが答える。携帯灰皿に煙草を放り込むヒューズにハボックは息を弾ませて近づいた。
「すんません、待たせちゃってっ」
「俺もちょっと前に来たばっかだから。仕事、大丈夫だったのか?」
「はい!平気っス!」
 にっこりと笑って答えたハボックは鍵を開けてヒューズを中へと促す。ダイニングの椅子に上着を放り投げてハボックは言った。
「もっと早く来るのが判ってたら予め用意したんスけど、今急いで作りますから」
 そう言って急いでキッチンに向かおうとするハボックの手首をヒューズが掴む。驚いたように振り向くハボックにヒューズは言った。
「そんなに慌てなくてもいいだろ?一ヶ月ぶりなんだぜ、ちゃんと顔見せろよ」
「あ……」
 そう言うヒューズに引き寄せられて、ハボックは顔を赤らめる。手にした紙袋を足下に置いた途端、ギュッと抱き締められ口づけられて、ハボックはヒューズの背をかき抱いた。
「ん……ん……」
 ぴちゃぴちゃと舌を絡めて口づけあう。漸く唇が離れて、ハボックは小さく息を弾ませて、ヒューズの腕に身を預けた。
「イイ子にしてたか?ん?」
「なんスか、イイ子って」
 間近から見つめてくる瞳にドキドキしながらハボックは唇を尖らせて言う。フフと笑ってその唇にチュッとキスしてヒューズはハボックの紅く染まった頬を撫でた。
「会いたかったぜ、ハボック」
「オレもっ!その……ホワイトデー、来てくれて嬉しいっス」
「当然だろ?」
 ニヤリと笑ってヒューズは再びハボックに口づける。深い口づけを交わして漸く唇が離れると、ハボックはヒューズの胸を押しやった。
「急いでメシ作るっスね。腹減ってるっしょ」
「ハボック」
 言って足下の紙袋に伸ばすハボックの手をヒューズは掴む。
「メシなんかよりお前が食いたい」
「ちゅ、ちゅうさっ」
 低く囁く声にカッと顔を赤らめるハボックに、ヒューズはポケットからチョコの箱を取り出して差し出した。
「これ……お前に」
「えっ?」
 綺麗にラッピングされた箱を見たハボックの瞳が大きく見開く。感激して涙を滲ませる空色にチュッとキスしてヒューズは言った。
「愛してるぜ、ハボック」
「……っ、オ、オレもっ──あっ」
 顔を紅くしながら答えた途端ヒョイと抱き上げられて、ハボックは反射的にヒューズにしがみつく。そのまま寝室へ運ばれベッドに下ろされて、ハボックは大きく見開いた瞳でヒューズを見上げた。


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