| それはとても特別な日 |
| ハボックは冷たい風にぶるりと体を震わせる。こうやってここで小さく小さく身を縮めてどれくらいたったろう。いっそこのまま消えてなくなってしまいたいとハボックが思った時、乱れた足音が近づいてきた。すぐ側で止まった足音にハボックは早く行ってしまってくれと思う。どうしてさっさと行かないのだろうとぼんやりした頭で考えているハボックの耳に今一番聞きたい人の声が聞こえた。 「ジャン」 「……っ」 その声にピクンと震えてハボックは恐る恐る顔を上げる。そこにいるのがヒューズだと思った瞬間、伸びてきた手がハボックの腕を掴んだ。 「今までどこでなにしてたッ?」 「────え?」 「他の誰かと一緒にいたのか?」 低く地を這うような声にハボックは目を見開く。次の瞬間、ハボックは腕を掴むヒューズの手を思い切り振り払っていた。 「他の誰かと一緒にいたのはアンタの方っしょ!」 「は?」 「バレンタインのお返しにホワイトデーにクッキーあげて、その人と一緒にいたんでしょッ!だからオレには……ッ」 「ジャン」 ポロリと涙を零して声を張り上げるハボックをヒューズは目を見開いて見つめる。ハボックはそんなヒューズを見上げて言った。 「なにしに来たんスか?わざわざ最後通牒つきつけにきたの?それとも女々しく泣いてるのを嘲笑いにきたの?そんなことしなくても、可愛い彼女と一緒にいちゃいちゃしてればいいっしょッ!」 涙を零しながらそう怒鳴ったハボックはうずくまっていたベンチから立ち上がる。背を向けよろよろ歩き出すハボックの腕をヒューズは慌てて掴んだ。 「なに言ってんだ、お前以外の誰かってなんだよ!そんなことするわけないだろうッ」 グイと掴んだ腕を引き寄せながら言うヒューズをハボックは涙に濡れた瞳で睨む。 「でもオレにはクッキーくれなかったじゃん。クッキーどころか電話すらくれなくて、それってオレ以外に好きな人が出来たってことじゃねぇの?」 「や、それはだな、そういうことじゃなくてだな」 濡れた空色に責められて、ヒューズがもごもごと口ごもるのを見てハボックはキュッと唇を噛んだ。 「もういい。これ以上聞きたくないっス」 そう言ってハボックはヒューズの手を振り払って歩きだそうとする。行こうとするハボックをヒューズは慌てて引き留めた。 「違うって!その……っ、クッキーを送らなかったのはだなっ」 と、ヒューズは言葉を切って宙を仰ぎ見る。誤魔化そうにも誤魔化しきれないと腹を括るとヒューズは宙を見上げた視線をハボックに戻した。 「ホワイトデー忘れてましたッ、すまん!」 「────え?」 「買いに行こうと思った矢先に仕事が立て込んじまって……、いやまあ、そんなのこっちの勝手な言い分ってのは判ってんだよ。お前だってめちゃくちゃ忙しいのにちゃんとバレンタインのチョコ送ってきてくれて、だからちゃんとお返しするつもりだったんだ。だけどその……なんつうかコロッと忘れちまったっていうか……事務員の女の子たちがホワイトデー話してんの聞かなかったらそのまま家帰って寝てたっていうかっ」 あはは、とヒューズは頭を掻きながら言う。そんなヒューズをポカンと見つめていたハボックだったが、次の瞬間グッと拳を握り締めるとへらりと笑みを浮かべる髭面を思い切り殴り飛ばした。 「グハッ!」 容赦のない一撃にヒューズは尻餅をつく。ハボックはイテテと顎をさするヒューズを見下ろして怒鳴った。 「馬鹿ッ!中佐の大馬鹿ッ!大嫌いっスッ!」 思い切り怒鳴って、そのままプイと背を向け歩きだそうとするハボックの手首を、ヒューズは慌てて手を伸ばして掴む。振り向いて手を振り払おうとするハボックを、ヒューズは立ち上がりながら引き寄せた。 「ごめん、ジャン。悪かったって」 「オレがッ、どんだけ不安だったか知らないっしょッ!もうオレのことなんて忘れちまったんだって、きっとバレンタインデーに可愛い女の子に告白されてその子とつきあうことにしたんだって、胸が痛くて辛くて、中佐のこと信じたくても不安で不安で、オレがどんな気持ちでいたか……ッ!」 引き寄せるヒューズの手を振り払おうとしながらハボックが怒鳴る。ヒューズはそんなハボックを腕の中に閉じ込めてギュッと抱き締めると言った。 「ごめん、本当にごめん!赦してくれ、ジャン、俺が好きなのはお前だけだよ。これまでも今もこれからもずっと」 もがく体を抱き締めて耳元に囁けば腕の中の体がビクリと震える。俯く顔を覗き込むようにしてヒューズは言った。 「好きだ、ジャン。お前のことが好きじゃなかったらこんなとこまで吹っ飛んでこねぇよ。俺がどんだけお前のこと探して走り回ったと思ってんだよ」 「中佐……」 言えば僅かに視線を上げるハボックの瞳を見つめて、ヒューズはもう一押しと言葉を続けた。 「好きだぜ、ジャン……俺が好きなのはお前だ、お前だけだ」 間近から見つめてそう告げればハボックの頬が紅くなる。ヒューズは紅く染まった頬にチュッと音をたてて口づけた。 「可愛い……食っちまいてぇ」 「アッ」 言うなりヒューズはハボックの首筋に軽く歯をたてる。ビクッと震えるハボックに、ヒューズは気をよくしてもう少し強く噛みついた。 「いたッ」 「ごめん……可愛すぎなんだよ、お前」 ヒューズはそんな風に言いながら噛みついた首筋をチロチロと舐める。そうすればビクビクと震えるハボックを引き寄せながらヒューズはベンチに腰を落とした。 「中佐……っ」 ベンチに座った己の脚の上にハボックの躯を引き寄せる。脚を跨がせるように座らせたハボックを抱き締めて、ヒューズは唇を重ねた。 「んッ、んんッ」 ハボックの躯をギュッと抱き締め唇を深くあわせれば、ハボックがおずおずと両手を背に回してくる。そんなハボックを一層強く抱き締めて、ヒューズは重ねた唇の間から舌を差し入れた。 → next prev ← |