| それはとても特別な日 |
| 「くっそ……ッ、何が急ぎの案件だよ、あんのクソジジィ!」 ヒューズはドカドカと司令部の廊下を歩きながら口汚く罵る。時計を見ればゆうに二時間は経っていて、ヒューズは足早に執務室に飛び込むと受話器を引っ掴んだ。 「くそ……出ねぇな」 空しく鳴り響く呼び出し音を聞きながらヒューズは呟く。その時、漸くカチャリと受話器のあがる音がして、ヒューズは勢い込んで喋りだした。 「っ、ハボック少尉を頼むッ」 『ヒューズ?』 「って、ロイかよ」 返ってきたのがイーストシティにいる友人の声と気づいてヒューズは思い切り舌打ちする。そうすれば受話器を通してでもムッとする気配が伝わってきて、ロイの不機嫌な声が聞こえた。 『私で悪かったな。気に入らないようだから切るぞ』 「あっ、待て待てッ!ハボック少尉、いるか?」 『ハボックだと?私の部下に何の用事だ』 「なんでもいいだろッ、いるのか?いるなら代わってくれ!」 不機嫌なロイの声が更にトーンを下げたのに構わずそう言えば、電話の向こうが沈黙する。ヒューズは受話器を握り締めて苛々と言った。 「おい、聞いてんのか?ハボック少尉に代わってくれ!」 『そんな無礼な男と大事な部下を話させるわけにはいかん。じゃあな』 「ちょ……ッ、おい、待てっ!ロイ!」 いきなり切られそうになってヒューズは慌てて声を張り上げる。受話器に噛みつきそうになりながら言った。 「あー、えっと、ロイ君っ、ハボック少尉と話をしたいんだ。代わって貰えないかなっ」 電話線を通してでは見えないことは判っていながらヒューズは満面の笑みを浮かべて言う。だが、電話の向こうからは沈黙が返ってくるばかりで、ヒューズは低く唸ると言った。 「判った。ジェイキンズの新作チョコの詰め合わせ送るからッ」 『二箱な』 「二箱でも三箱でも送ってやる!だから代われ、いや代わって下さい、ロイさまッ!」 『三箱で手を打ってやる。男に二言はなかろうな?』 「三箱送る、絶対送る!約束する!」 『いいだろう、商談成立だ』 漸くロイから望む答えが返ってきて、ヒューズはホッと息を吐く。ところが、次にロイが言った言葉を聞いて、ヒューズは目を剥いた。 『それでだな、ヒューズ。肝心のハボックなんだが今はいない』 「なんだとッ?!」 『今はというか今日は直帰だな。司令部には戻らんぞ』 「な……ッ、そう言うことは早く言えよッ」 『今言っただろう?ヒューズ、チョコを送るの忘れるなよ。じゃあな』 その言葉を最後に電話がプツッと切れる。空しく発信音を響かせる電話を呆然と見つめていたヒューズは次の瞬間電話を叩き切った。 「あんのクソロイッッ!!」 人になんやかんや言っておいて最終的にはハボックはいないなどとぬかした親友をヒューズは口汚く罵る。立ち上がり苛々と歩き回りながら考えた。直帰と言うからにはまだハボックはどこか外にいるわけだ。いつそこから戻るか、真っ直ぐアパートに戻るかも判らないままハボックと連絡が取れるのを待つ訳にはいかなかった。 「今から行けば夜中には着く」 ヒューズは壁の時計を見て呟く。執務室の扉をバンッと勢いよく開ければ、驚いて顔を上げる大尉に向かって言った。 「ちょっとイーストシティに行ってくる。後は頼んだからな」 「は?なんですか、いきなりイーストシティって!ちょっと、中佐ッ!」 引き留める言葉に構わずヒューズは部屋を飛び出す。猛スピードで司令部の廊下を駆け抜け正面玄関を抜けると、丁度送迎の為に止まっていた軍用車に自分でドアを開けて乗り込んだ。 「えっ?ヒューズ中佐っ?」 「駅までやってくれ」 「え?いやでも────」 「いいからさっさと出せッ!」 「は、はいッッ!!」 もの凄い剣幕で怒鳴られて、運転席に座った兵士が飛び上がる。思い切りアクセルを踏み込めば猛スピードで走り出した車の後部座席に座って、ヒューズは苛々と前方を睨みつけていた。 ハボックはとぼとぼと繁華街の通りを歩いていく。今日は出先から直帰だったから普段よりは早く家に帰れたが、とてもアパートの部屋に一人でいる気にはなれなくてハボックは夜も更けた通りを当てもなく歩いていた。ヒューズの事を考えたくなくてもう既に三軒梯子して飲んでみたが、酔いは一向に回ってこない。考えるまいと思えば思うほど思考はただ一人の人に向かって、ハボックは深いため息をついた。 (中佐……) アパートに帰ればもしかしたらヒューズから電話がかかってくるかもしれない。だが逆に電話がかかってこなかったら────。まんじりともせずヒューズの電話を待ち続ける事の恐怖を考えれば足はアパートへの道へは向かず、ハボックは俯いたまま歩き続けた。不意に足下に影が射したと思うと、ハボックは前から来た男と思い切りぶつかってしまう。よろよろと数歩後ずさって顔を上げれば、髭を生やした男がハボックを睨んでいた。 「どこ見て歩いてんだ、この野郎ッ!」 「ご、ごめん……」 ハボックは呟くように謝罪の言葉を口にしながら男を見つめる。黄緑色の瞳に無精髭を生やした男はチッと舌打ちするとそれ以上はなにも言わず行き過ぎようとした。 「あ……」 不意にその髭面が脳裏から離れない男のそれと重なって、ハボックは男に向かって手を伸ばす。ハボックに腕を掴まれて怪訝そうに見つめてくる男にハボックは言った。 「ね?アンタ暇?よかったら一緒に飲まねぇ?奢るよ」 そう言うハボックを男はじろじろと見て、眉を寄せて答えた。 「わりぃけど、俺、そっちの趣味はねぇから」 「あっ」 男はハボックの手を振り払って言ってしまう。ハボックは立ち去る男の背を見つめて唇を噛み締めた。 「中佐……」 あれはヒューズではない。そう判っていても拒絶の言葉が胸に突き刺さる。ハボックは震える手をギュッと握り締めた。 『わりぃな、ハボック。やっぱ俺、そっちの趣味はないわ』 「……ッ」 さっきの男の言葉がヒューズのものとして胸に蘇って、ハボックは激しく首を振ると逃げるようにその場から離れた。 → next prev ← |