| それはとても特別な日 |
| 「はあ……」 ハボックは広げた書類を前にため息をつく。そうすれば、向かいの席に座ったブレダが顔を上げて言った。 「どうしたよ、さっきからため息ばっかりついて」 「えっ?オ、オレ、そんなにため息ばっかついてた?」 「ついておられましたよ。さっきからずっと」 「マ、マジ?」 隣の席のフュリーからも言われてハボックは目を瞬かせる。 「なんだ、自覚なしかよ」 「ごめん……」 ブレダに呆れたように言われて、ハボックは首を竦めて俯いた。 「何か悩み事か?」 「僕らでよかったら相談に乗りますよ?」 そんな風に言われてハボックは目を瞠る。フッと小さく息を吐いて答えた。 「ありがとう。でも、大丈夫だから」 そう言って笑みを浮かべるハボックを見てブレダとフュリーが顔を見合わせる。 「まあ、そう言うならいいけどよ。何かあったらいつでも言えよ」 「うん、ありがとう、二人とも」 ハボックは二人に礼を言って立ち上がる。司令室を出ると閉じた扉に寄りかかりハアと息を吐いた。 「仕事に集中しようって思ったのに……」 気がつくとヒューズの事ばかり考えてしまっている。ハボックは軽く頭を振ると気分転換にコーヒーでも飲もうと給湯室に向かって歩きだした。給湯室でコーヒーを淹れ休憩所に向かう。誰の姿も見えない事にホッと息を吐いてソファーに腰を下ろしたハボックだったが、隅に置かれた観葉植物の陰から女性の声が聞こえてハボックはハッと目を見開いた。 「ねぇ、聞いて。昨日のホワイトデー、チョコのお返し貰えたの!」 「本当?やったじゃない!おめでとう!」 「ありがとうっ!勇気出してよかったわ」 「うふふ、実は私もクッキー貰ったのよ」 「すごい!よかったわね!」 キャアキャアとホワイトデーの結果を報告しあう声にハボックは唇を噛み締める。コーヒーを持った手が震えて、ハボックはカップを乱暴にテーブルに置いて立ち上がると逃げるように休憩所を後にした。足早に廊下を歩き階段を駆け降りる。手近の扉から中庭に出たハボックは数歩歩いて立ち止まった。 (もしかしたらバレンタインに誰か女の子からチョコ貰ったのかも……) ヒューズがモテるのはよく知っている。誰かがヒューズにチョコを贈ったとして、それは別に不思議でも何でもなかった。 (誰か女の子からチョコ貰って、その子にホワイトデーのお返ししたんだ。だからオレには……) クッキーは届かなかった。そう思った途端、キュウと胸が締め付けられる。ハボックは痛む胸を押さえてうずくまった。 「そっか……そう言うことだよな。きっと今頃中佐は……」 自分のことなど忘れて可愛い女の子と一緒にいるのだろうと考えて涙が零れそうになった時、不意にヒューズの声が脳裏に蘇った。 『ありがとう、ジャン。俺もお前のことが好きだぜ?なあ……もう一回言ってくれよ』 一ヶ月前、バレンタインのチョコを贈っただけではとても気持ちを伝えきれなくて、そろそろ時計の針が日付を跨ぐ頃ヒューズに電話を入れた。恥ずかしくて、でも普段伝えきれない想いをどうしても伝えたくて『好き』と告げれば嬉しそうに返ってきたヒューズの言葉。乞われるまま何度も好きと告げたのはたった一ヶ月前の事なのだ。 「中佐……今誰といるの?もしまだオレのこと好きでいてくれるなら……」 好きと言って欲しい。セントラルとイーストシティとの距離がそのままヒューズとの心の距離に感じられて、不安で怖くて堪らなくて。 「中佐……っ」 ハボックは蹲った膝に顔を埋めて、ポロポロと涙を零した。 → next prev ← |