| Black currant Cinderella |
| 「なあ、ロイ。やっぱこのジャムの中にあるんじゃねぇの?」 今日も十個ほどのジャムの瓶を持ってきたヒューズが言う。最後の一瓶の味を見てロイはがっかりと肩を落とした。 「いや、絶対にないと思う。どれもあのジャムじゃない」 そう言うロイの声を聞いて、ヒューズはため息をつく。ミネラルウォーターを出そうと冷蔵庫を開けて、中を埋め尽くすジャムの瓶を見て黙って扉を閉めた。 「ロイ。そろそろ腹決めた方がいいかも。どうすんだよ、このジャムの山」 味を見るため一口だけ食べたジャムの山。いくらロイが甘い物好きといってもとても食べきれるものではない。このままでは毎食ジャムを舐めて暮らさなければならないと心配するヒューズにロイは深いため息をついた。棚に歩み寄ると引き出しの中のチョコレートの箱を取り出す。蓋を開ければもうそこには最後の一粒が残っているだけだった。 「一体誰なんだろう……」 そう呟いたロイは、最後の一粒を食べることが出来ずに蓋を閉めると箱をそっと引き出しに戻した。 「まあ、もう少し集まると思うけどな。そろそろ諦めるってことも考えろよ。そもそもあちらさんはお前に名乗る気はなかったんだからさ」 イニシャルだけのチョコレート。もしかしたら気持ちの整理をつけるため最後にロイにチョコレートを贈ったのかもしれない。そんな考え方もあると言って、ヒューズは帰っていった。 ヒューズが帰るとロイはソファーに座って本を広げる。いつもなら瞬く間に没頭してしまうのに今日はいくら読んでも内容が頭に入ってこず、ロイはため息をついて本を閉じた。気分転換に散歩でもするかと、ロイは立ち上がりコートを手に玄関を出る。雲が垂れ込めた空の下通りを歩いてケーキ屋の前を通ったロイは、店先に掲げられたホワイトデーの文字に目を見開いた。 「そうか、今日はもうホワイトデーなんだ……」 バレンタインにチョコをくれた相手を何とか探し出そうとしたものの、結局見つけられないままホワイトデーになってしまった。ため息をついてそのまま店の前を通り過ぎようとしたロイだったが、足を止めると店の中に入る。一番手近にあったクッキーの袋を手に取るとレジで金を支払った。 「もしかしたら見つかるかもしれない」 少なくとも今日が終わるまでは諦めずにおこう。ロイはそう考えるとクッキーの袋を手に通りを歩いていった。 「じゃあまた明日な!」 「うん、また明日!」 ハボックは友人に手を振ると彼らと別れて公園の出口へと歩いていく。途中ベンチの前を通れば、並んで座ったカップルが可愛らしくラッピングした包みを手に楽しそうに話をしていた。 (そっか……ホワイトデーだっけ) 一生懸命意識の外に押し出していた事を思い出してハボックはため息をつく。頭に浮かんだ面影から逃げるように、ハボックは走り出した。 (マスタング先輩……誰かにクッキーあげたのかな) もしかしたら明日、誰かと並んで歩いているかもしれない。そんな事を思えば不意に悲しくなって涙が出てくる。ポロリと零れた涙に答えるようにポツリと空から滴が落ちてハボックにあたった。 「……雨?」 ポツポツと地面に黒い染みが出来るのを見て、ハボックは雨が本格的に降り出す前に帰ろうと走り出した。 「こっちの方が近道」 そう呟いて商店が立ち並ぶ通りを抜けようと角を曲がる。そうすれば鉢合わせしそうになった相手を見上げて、ハボックは「あっ」と声を上げた。 「ハボックじゃないか」 「マスタング先輩」 思いがけないところで出会った相手に、ハボックは顔を赤らめる。にっこりと笑って口を開きかけたロイは、段々と大粒になってきた雨を降り仰いで眉を顰めた。 「降ってきたな、どこかで雨宿りするか」 「あっ、あのっ」 ハボックは困った様子で言うロイに反射的に口を開く。なんだと視線で尋ねてくるロイに、一瞬怯んだもののギュッと手を握り締めて言った。 「オレんち、すぐ近くなんス。よかったら、その……雨宿り」 最後の方はもごもごとなりながらハボックはロイを見る。驚いたように見つめてくる黒曜石に、ハボックは慌てて言った。 「すんませんっ、変なこと言って!」 単なる学校の先輩後輩でしかない相手を家に誘うなんて変に思われたに違いない。ハボックはそう思うとぺこりと頭を下げて駆け出そうとする。ロイは咄嗟にハボックの手を掴むと驚いて振り向く空色を見つめた。 「────雨宿り。させて貰ってもいいか?」 考えるより早くそう口にすればハボックが目を見開く。驚きつつもコクコクと頷くハボックにロイは笑って言った。 「じゃあ、頼むよ。本格的に降ってきた」 「あ、はい!こっちっス!」 促すロイにハボックは通りの先を指さして走り出した。 → next prev ← |