| Black currant Cinderella |
| 「ハボック」 「あ、はい。マルコー先生」 職員室に日誌を届けにきたハボックは、教師に呼び止められて足を止める。扉のところで立ち止まるハボックにマルコーは近づいて言った。 「すまんがこれ、大学のホーエンハイム教授のところへ届けてくれんか?」 「大学のホーエンハイム教授のとこっスね。判りました」 ハボックは差し出されたファイルを受け取って言う。ペコリと一礼して職員室を出ると、廊下を歩きだした。高等部の校舎を抜け大学棟に入る。大学ともなれば学生と言えどハボックには皆大人に見えて、ハボックは緊張に手にしたファイルをギュッと胸に抱き締めた。俯き加減で廊下を歩き、目指す教授の研究室を探して時折チラチラと辺りを見る。広い校内、目的の場所がなかなか見つからず、段々と焦ってきたハボックが慌てて廊下の角を曲がった時。 「うわッ!」 「あっ!」 向かいから来た学生と出会い頭にぶつかってしまう。相手はよろけただけだったが、ハボックの方はぶつかった弾みに尻餅をついて、持っていたファイルをばらまいてしまった。 「やば……っ」 慌てて散らばった書類をかき集めれば、ぶつかってしまった学生も拾うのを手伝ってくれる。 「ほら、大丈夫か?全部拾えた?」 「あ、はい!ありがとうござい────」 ハボックは差し出された書類を礼と共に受け取ろうと手を差し出したまま固まってしまう。書類を広い集めてくれたのは他ならぬロイだった。 「わわ……ッ、マスタング先輩っ」 驚いた弾みにハボックはまた尻餅をついてしまう。集めた書類が再び散らばって、ロイは手早くそれも集めてくれた。 「大丈夫か?」 「は、は、は、はいッッ!!」 差し出された書類を慌てて受け取って、ハボックはファイルをギュッと抱き締める。顔を真っ赤にして俯くハボックの顔を見て、ロイはあっと声を上げた。 「お前、あの時の自転車でこけた子だろう?」 「えっ?あ、はいッ!そっその節はありがとうございましたッッ!!」 初めてロイと出会ったときの事を言われて、ハボックは深々と頭を下げる。ドキドキしてなかなか顔を上げられずにいれば、ロイが言った。 「この学校の生徒だったんだな。中等部か?」 「は、はいッ、そうっス!」 尋ねる声にハボックは慌てて顔を上げて答える。そんなハボックにロイはにっこりと笑って言った。 「そうか。私はロイだ。ロイ・マスタング」 「知ってます。先輩、有名人だから……。あ、オレ、ハボックっていいます!」 慌てて名を名乗るハボックにロイは笑って頷く。 「それで?ここには何の用だ?」 「あ……ええと、ホーエンハイム教授にファイルを持っていくように頼まれたんスけど、場所が判らなくて……」 「ホーエンハイム教授?それなら私のゼミの教授だよ。よければ私から渡しておこうか?」 「あ、そうなんスか?」 思いがけない言葉にハボックは僅かに目を見開く。ホッとしたように笑みを浮かべてハボックはファイルを差し出した。 「じゃあ、お願いしてもいいっスか?」 「勿論」 ロイは答えてファイルを受け取る。そうすればハボックはにっこりと笑った。その瞳が綺麗な空色をしていることに気づいてロイは目を瞠る。 「ありがとうございます。あっ、それからこの間の自転車の時もありがとうございました!オレ、あの時ちゃんとお礼言えなくて……」 「あ?ああ。けがは大丈夫だったのか?」 「はい、おかげさまで。先輩に手当してもらったから」 そう言って見上げてくる空色の瞳に、無意識に手を伸ばしかけたロイの耳にヒューズの声がした。 「ロイ?」 「ヒューズ」 呼びかけて二人に近づいてくるヒューズをハボックは見ると言った。 「それじゃあすみません、よろしくお願いします!」 ハボックはそう言って一礼するとクルリと背を向け廊下を走っていってしまう。その背を見送ってヒューズが言った。 「誰だ?」 「中等部のハボックだよ。ホーエンハイム教授にファイルを届けに来たんだ」 ヒューズに答えながら、ロイはハボックが走り去った方角をじっと見つめていた。 「すっごいドキドキした……ッ」 ハボックは一気に中等部の校舎まで駆け戻ると壁に手をついてハアハアと息を弾ませる。走ったときのドキドキとは種類の違うドキドキにハボックは顔を赤らめた。 「まさかあの時の事、覚えててくれたなんて……」 正直もうとっくに忘れていると思っていた。そんな事があったと覚えていたとしても、自分の顔など覚えていないだろうと思っていたのに。 「嘘みたい……マスタング先輩と話しちゃった……」 その上名乗る事までしてしまったのだ。 「まあ、きっとすぐ忘れちゃうだろうけど……」 ロイは人気者で友人もファンも沢山いるだろう。中等部の子供の事なんて覚えていられないに違いない。 「いいんだ……一度だけでも話出来たもん」 それだけでもとてもとても幸せで。 ハボックは切なくも幸せな気持ちを抱き締めて、そっと目を閉じた。 → next prev ← |