Chocolate rhapsody 


「こんなところでどうしたんだ?もしかして私の帰りを待っていたのか?」
 そう言ってロイが顔を覗き込んできたがハボックはロイを見ることが出来ない。その顔に幸せの欠片を見つけてしまったら、きっともう立ち直ることが出来ないと思えた。
「別になんでもないっス。ちょっと……ちょっと、そう、ちょっと飲み過ぎちゃって……夜風に当たってたんス」
「わざわざこんなところで?」
「さっきまですげぇ酔ってたから!その勢いで幸せそうな大佐の顔見てやろうと思ってッ」
「幸せそうな私の顔……?」
 すぐ側で聞こえるロイの声が微かに曇る。それを不思議に思っていれば、ロイがハボックの腕を掴んだ。
「こんなところで立ち話をする事もない。中に入れ、ハボック」
「えっ?いやでも、オレもう帰るっスからッ」
「ハボック」
 慌ててロイの手を振り払おうとすれば低く呼ぶ声に、ハボックはギクリと震えて身を強張らせた。
「いいから中に入りなさい。冷えきってる」
 そう言ってロイはハボックの腕を掴んで歩き出す。ロイの手を振り解く事も出来ずハボックはロイに連れられて家の中に入った。
「寒いな」
 ロイは呟いてハボックをリビングに連れていく。ハボックをソファーに座らせると暖炉に歩み寄り火を熾し始めた。ロイの手で暖炉の薪に小さな焔が生み出される。小さかったそれが徐々に大きくなる様を見れば、ハボックはその焔がまるで自分の恋心のようだと思った。
「飲み物をとってくる」
 そう言ってロイはリビングを出ていく。ハボックはこの間に帰ってしまおうかと思ったが、寒さに凍り付いたように体が動かなかった。
「ほら、体が温まるぞ」
 少しして戻ってきたロイがハボックにカップを差し出す。紙袋を握り締めたまま動かないハボックの手をとって、ロイはカップを持たせた。
「……ココア?」
「さっきまで飲んでいたのならアルコールでもないだろう。飲め。体が温まる」
 そう促されて、ハボックはおずおずとカップに口をつける。口の中に広がるココアの甘さが、何故だが酷く辛かった。
「私の幸せそうな顔を見てやろうと思ったと言ったな?どういう意味だ?」
 ハボックの隣に腰掛け、自分の分のカップを両手に包んでロイが問いかける。その言葉にハボックはキュッと唇を噛んだが、殊更明るく言った。
「今までデートだったんしょ?今日はバレンタインデーっスもんね。可愛い女の子に告白されて、ずっと一緒だったんじゃないんスか?大佐、モテるから選り取り見取りで羨ましいっス」
 あはは、とハボックは無理矢理に笑う。ハボックが言うのをロイは黙って聞いていたが、やがて口を開いて言った。
「確かにバレンタインチョコは随分ともらったな。段ボールに二つ分にもなったから司令部においてきたが」
 そう言うのを聞いて、ハボックは胸がズキンと痛む。それでも笑みを浮かべて言った。
「段ボールに二箱?流石大佐っスね。羨ましいなぁ、一つくらい分けて────」
 ください、と言おうとして、ハボックは込み上げてくる熱いものに言葉が続けられなくなる。押さえ込もうとしてハボックは視界がぼやけていることに気づいた。
「何故泣く?」
「────え?」
 唐突な問いにハボックは驚いてロイを見る。そうすればロイが手を伸ばして涙に濡れたハボックの頬を拭った。
「え……なんで?」
 そうされてハボックは初めて自分が泣いていることに気づく。慌てて手の甲で目をこすったが、涙は後から後から溢れてきた。
「止まんない……っ、なんでっ?」
 ポロポロと涙を零すハボックをロイはじっと見つめていたが、やがて低く囁いた。
「止めてやろうか?」
「え……?」
「私が止めてやる」
  ロイはそう言ってハボックの後頭部に手を添える。そのままグイと引き寄せられたハボックは、目の前いっぱいに広がる黒曜石に涙に濡れた瞳を見開いた。
「たい────」
 ロイの唇がハボックのそれにゆっくりと重なる。押しつけられた唇にハボックの瞳が更に大きく見開かれた。ロイの舌がハボックの唇をなぞり、こじ開けるようにして口内に押し入ってくる。熱い舌先に歯列をなぞられて、ビクリと震えたハボックが反射的に引こうとした体を、ロイは抱き締めて更に深く口づけた。
「ん……っ、んん……ッ」
 ロイの舌に己のそれをきつく絡め取られてハボックはくぐもった声を上げる。ロイのシャツに縋りついた手が震えて、力が入らなくなる頃になって漸くロイは唇を離した。
「なん……なんで……?」
 震える声でそう尋ねるハボックをロイは真っ直ぐに見つめる。涙に濡れた頬をそっと撫でて言った。
「悪いが私は諦めが悪くてね。一度拒まれたくらいでずっと好きだった相手を諦めるなんて出来ないんだ」
「それ……どういう意味っスか?」
 ロイの言う意味が判らずハボックは小さな声で尋ねる。そうすればロイが苦笑して言った。
「判らないのか?今もお前のことが好きだと言う意味だよ」
 そう言われてハボックはポカンとする。子供っぽいそんな表情にロイはクスリと笑って言った。
「本当に判ってないのか?仕方のない奴だな」
 言って頬を撫でられて、ハボックはハッとする。腕を伸ばしてロイから距離をとると、言った。
「でも!今までデートしてたんしょッ?」
「デートなんぞしておらんよ」
「だってこんな時間になるまで帰ってこなかったじゃないっスかッ」
「ああ、それは」
 とロイは肩を竦める。
「帰り道の古書店で欲しかった本を見つけてな。飲みながら読んでいたらすっかり時間が経ってしまって」
 閉店だと追い出されたよ、と苦笑いするロイをハボックはまじまじと見つめた。
「じゃあデートじゃなかったんスか?」
「期待に応えられず残念だがな」
 ロイはそう言ってハボックをじっと見る。
「それで?お前は何の用だったんだ?」
 そう尋ねられてハボックはハッとして手にしていた紙袋を握り締めた。ほんの少し躊躇って、それから一度ギュッと目を瞑る。その目を開けてロイを真っ直ぐに見て言った。
「大佐に伝えたい事が……。オレは……オレも大佐のことが好きっス、好きなんですッ!」
 ハボックがそう言えばロイが首を傾げる。
「だが、私が好きだとキスした時、逃げたじゃないか」
「あれはっ、あれはビックリして……っ、だって大佐がオレのこと好きだなんて考えた事なかったしっ、いきなりキスするしっ」
 あの時の事を思い出してカッと紅くなるハボックをロイはじっと見つめた。
「それじゃあ私はフラレた訳じゃないということか?」
そ う言われてハボックは袋の中からチョコの包みを取り出す。ロイに向かって両手で突き出すとギュッと目を瞑って頭を下げた。
「大佐に渡そうって、一生懸命作ったっス。今日一日、何度も渡そうとしたけどなかなか渡せなくって……もう、渡せないのかなって……」
 そう言うハボックの言葉の語尾が微かに震える。なかなか受け取って貰えない事に不安が膨らんで、ハボックが泣きそうになった時、ロイが言った。
「貰っていいのか?」
「ッ、勿論っス!貰って欲しいっス!」
 確かめる言葉にハボックは弾かれたように顔を上げる。そうすればロイが嬉しそうに笑った。
「ありがとう、ハボック。嬉しいよ」
「大佐」
 ハボックの手からロイはチョコの箱を取る。結ばれた空色のリボンを解き蓋を開けて、ロイは目を細めた。
「お前が作ったのか」
「す、すんませんッ、不格好でっ」
 カアッと顔を赤らめるハボックの前でロイはチョコを一つ摘んで口に運ぶ。モグモグと口を動かすロイをハボックが食い入るように見つめれば、にっこりと笑ってロイが言った。
「うん、旨い」
「ホ、ホント……?」
「ああ、私が今まで食べたチョコの中で一番旨いよ」
「それは言い過ぎじゃねぇ?」
 流石にそれはないだろうとハボックは眉をしかめる。そんなハボックに笑ってロイが言った。
「本当だとも。ほら」
 そう言って伸びてきた手がハボックを引き寄せる。そっと唇が重なり忍び入ってきた舌が纏う甘さに、ハボックは目を瞠った。
「旨いだろう?」
 ほんの少し唇を離してロイが囁く。ハボックは間近から見つめてくる黒曜石をうっとりと見返して言った。
「凄く甘くて……おいしい……」
「だろう?」
 ロイは言ってもう一度唇を重ねる。ピチャピチャと舌を絡めながら、ロイはハボックをソファーに押し倒した。



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