| Chocolate rhapsody |
| 「十一時過ぎた……」 そろそろ会議も終わる頃だろうと、仕事に区切りをつけて身構えていたハボックは壁の時計を見て呟く。ロイが戻ってきたらすぐに渡すんだと紙袋を握り締めていれば、目の前で電話が鳴った。 「…………」 正直言って出たくない。だが、生憎フュリーもファルマンもホークアイすら席を外していて、ハボックは嫌々ながらも受話器に手を伸ばした。 「はい、司令室」 ハボックは司令室の扉を見ながら口を開く。そうすれば電話の相手はさっき書類を提出した先で、どうやら不備があるので今すぐ取りに来て訂正して欲しいとの事だった。 「えっ、でも今ちょっと手ぇ離せなくて」 『すぐ訂正して貰わないと次に回せないんですよ。手間はとらせませんからすぐ来てください』 (つか、行く事自体が手間なんだってば) 書類の不備は自分のミスだが、今ここを離れる訳には行かない。何とかもう少し待って貰えないかと頼むハボックに電話の相手が言った。 『そんなこと言ってると書類、通しませんよ!いいんですか?』 「────判りました、今行きますッ」 流石に書類が通らないのは困るとハボックは渋々答える。ロイが帰ってこない事を祈りながら司令室を飛び出すと廊下をダッシュで駆け抜け、言われた箇所を訂正してダッシュで戻ってきた。だが。 「大佐、まだ戻ってないッ?」 司令室に駆け込むなり尋ねれば、ブレダが煙草の煙を吐き出しながら答えた。 「んあ?大佐ならさっき戻ってもう出かけたぜ?会食だってさ」 「うそっ」 行って帰ってせいぜい十分。その間にすれ違うとはと、ハボックはがっくりとひざまずく。 「バカバカッ、どうして書類の不備なんて……ッ」 要は気が急くあまりのミスなのだが、今更嘆いたところで始まらない。 「何時頃帰ってくるって?」 「んー、一時半って言ってたかな」 「一時半だなっ」 次こそは絶対渡すと拳を握り締めて誓うハボックだった。 「そろそろ帰ってくるかな……」 外に昼を食べに行く気にもなれず、購買で買ったサンドイッチで昼食を済ませたハボックは時計を睨んで呟く。時間通りならそろそろ帰ってくるはずと何時でも渡せるように紙袋を掴んで待っていれば、司令室の扉が開いてハボックはパッと顔を輝かせた。 「隊長っ、まだこんなところにいたんですか?!」 だが、入ってきたのは部下のチェンでハボックは浮かしかけた腰をがっかりと椅子に戻す。そうすれば、チェンが近づいてきて言った。 「演習!忘れてんですか?もうみんな待ってますよ」 「えっ?ああ、そういや午後一で演習だったっけ」 「もう、ボケるのもいい加減にしてくださいよ」 チェンはため息混じりに言ってハボックを促す。だが、ハボックは首を振って言った。 「悪いけど今ちょっと手ぇ離せないから!適当に先に始めてて」 「は?なに言ってるんですか、隊長。今日はマニング中尉のところと合同演習ですよ。もう中尉だって来て待ってるんですから!」 「いやでも本当に今手が離せないだってば!」 「手が離せないってなにもしてないじゃないですか!とにかく早く来てください、隊長ッ!」 行けないと机にしがみつくハボックを、チェンが力付くで引きずっていく。ズルズルと引きずられて扉から出れば、向こうからロイが歩いてくるのが見えた。 「あっ、大佐!」 帰ってきたと顔を輝かせたハボックをチェンは容赦なく引きずっていく。 「チェン!大佐、帰ってきたから!」 「それがなんですッ?もう演習始まってますッ、行きますよッ!」 「そんなッ!」 折角ロイが帰ってきたというのに。 「たいさぁ〜〜〜ッ」 有無を言わせずチェンに引きずられていくハボックだった。 「くっそ……折角大佐帰ってきたのにッ」 ハボックはザアザアと降ってくるシャワーの下で演習の汚れを落としながら呟く。「チェンのバカバカっ」と全く罪のない、職務を遂行しただけの真面目な部下を罵れば背後から声が聞こえた。 「俺がなんですか?」 「えっ?!あっ、チェン!……いや、なんでも」 ギョッとして振り向いたハボックはアハハとひきつった笑いを浮かべる。チェンはフンと鼻を鳴らして隣のシャワーブースに入りながら言った。 「この後はミーティングですからね。フケないでくださいよ」 「えー、ミーティングぅ?もういいよ、十分反省したし」 「隊長っ」 ロイにチョコを渡したくて気もそぞろだったせいで、合同演習だというのにちっともいいところのなかったハボックにチェンの声が飛ぶ。その声を聞けばとてもサボる訳にいかず、ハボックは深いため息をつくと渋々とミーティングに向かった。 「あー、やっと終わった……」 ハボックはがっくりと肩を落として廊下を歩いていく。 「大佐、いるかなぁ」 午後の予定は聞いていない。ロイがいることを祈りながら司令室の扉を開けたハボックは、執務室の扉を横目に見ながら尋ねた。 「大佐、いる?」 「あ、おかえりなさい。大佐ならおられますよ」 「ホントッ?!」 散々ぱらすれ違って、なんとなくまたいない気持ちになっていた。いると聞けば演習の疲れも吹き飛んで、ハボックは机の上に置いておいた袋を手に取りいそいそと執務室に向かう。コンコンと扉をノックすれば入室を許可するロイの声に胸を高鳴らせてハボックは扉を開けた。 「大佐、あのっ」 「ん?なんだ、ハボック。書類か?」 ハボックの声にロイが書いていた書類から顔を上げる。黒曜石の瞳に見つめられてドキンと心臓が跳ねるのを感じながらハボックが口を開こうとした時。 「大佐っ、大変です!」 ノックもそこそこに飛び込んできたフュリーが叫ぶ。 「どうした?」 「銀行で立てこもり事件です!憲兵隊から応援要請です!」 その知らせにロイの顔が引き締まった。 「皆を呼べ。ハボック、話は後だ」 「え……?ええーッ!」 事件に対処するため俄に慌ただしさを増す司令室で、ハボックはチョコの袋を抱き締めて呆然と立ち尽くした。 「今日の隊長、すんげぇ迫力だったな」 「うん……ちょっと鬼気迫るものがあったよな」 「俺、ちょっと犯人に同情しちゃったよ」 ザアザアとシャワーを浴びるハボックの耳に部下たちが囁きあう声が聞こえる。ハボックはフンッと鼻を鳴らすとガシガシと頭を洗った。 やっとロイにチョコを渡せると思った矢先飛び込んできた銀行強盗立てこもりの知らせ。大事なところを邪魔されてぶち切れたハボックのこれまでにない活躍で、あっという間に犯人は伸され事件はスピード解決となった。 (折角大佐にチョコを渡せるところだったのにッ) ハボックはシャンプーを流しながらムカムカと思う。腹立ち紛れに一発殴ってやったが、正直それくらいでは収まらなかった。とはいえ、ソッコーでで事件を片づけたのだ。今度こそロイにチョコを渡さなければとハボックは急いで汚れを落とすと、タオルで拭くのもそこそこに着替えてロッカールームを飛び出した。 (チョコ!今度こそ絶対渡すんだッ!) ハボックはそう思いながら廊下を駆けていく。司令室の扉を開けるとそのまま執務室に突進した。 「大佐ッ」 ハボックはノックもせずに執務室の扉を開ける。だが、ロイの姿はなく、ハボックは慌てて執務室から出ると尋ねた。 「大佐はっ?」 「今日はもうお帰りになられましたよ。事件が早く片づいたからって」 「うそッ」 折角事件をスピード解決したところで、肝心のロイが帰ってしまったのでは意味がない。 「あ、でもつい今し方出て行かれましたから急げば追いつけるかもしれませんよ。今日は車は使わないって言ってましたから」 「ホントッ?ありがとう、フュリー!じゃあ、お先にッ!」 フュリーの言葉にハボックは紙袋を握り締めて司令室を飛び出す。全速力で廊下を駆け抜け玄関に出ると、きょろきょろと辺りを見回した。 「いない……もう出て行っちゃったのかな」 ハボックはステップをかけ降り司令部から通りへと出る。少し考えて駅前の繁華街の方へと足を向けた。ロイがよく行くという古書店や気に入りの喫茶店を覗いて回る。だが、ロイの姿はどこにも見あたらなかった。 「もしかしてもう家に帰ったとか……?」 折角早く帰れる機会。家に帰ってたまった本を読むことにしたかもしれない。ハボックはそう考えてロイの家へと向かう。もうすっかりと暮れた道を小走りに走って辿り着いたロイの家は、だが灯りが消えてロイが帰っている様子はなかった。 「どっか食事に寄ってるのかなぁ……」 ロイが自炊するとは思えないとなれば途中で食事を済ませている可能性は高い。それならロイの帰りを待とうと、ハボックは門の近くの植え込みに腰を下ろした。 もう日も暮れた住宅街。人通りも殆どないそこは時折北風が強く吹いて酷く寒かった。 「さむ……。でも大佐にチョコ渡さなきゃ」 自分もロイのことがずっと好きだったのだと伝えるのだ。そう思ってハボックはロイの帰りをひたすら待ち続けた。 だが。 気がつけばもうすっかりと夜は更け、そろそろ時計の針は日付を跨ごうとしていた。ただ食事をするだけにしては遅い帰りにハボックはふとある事に思い至った。 「そっか……今日はバレンタインデーだもんな」 好きだと告白してくれたロイを突き飛ばして逃げてしまった。そんなことをされたらきっともう見込みはないと考えるに違いない。そもそもロイが男の自分に好きなどと言うのは冷静に考えればとてもあり得ないことで、拒まれた事で正気に返ったロイがバレンタインに可愛い女の子から告白されて彼女とつきあうことに決めたとしてもなんら不思議はなかった。 「そうだよな……バカみてぇ、オレ……」 今日チョコを渡して告白すれば、全てうまく行くような気がしていた。だがそんな都合のいい話などありはしない。そもそも自分は一度ロイを拒んでしまったのだから。 「きっと今頃は可愛い女の子と一緒にいるんだ」 別にホワイトデーまで待たずともチョコのお礼に食事をして、バレンタインの甘い雰囲気のままその先に進んでもおかしくはない。 「はは……ホントオレって馬鹿……」 ずっとずっと好きだったのに。 ハボックは渡すことが出来なかったチョコレートをギュッと抱き締めるとゆっくりと立ち上がる。寒さで強張った体を震わせると、その場から離れようとした。 その時。 「ハボック?」 背後から聞こえた声にハボックはビクリと震える。そのまま振り向けずにいれば、コツコツと足音がしてロイが近づいてきた。 |
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