見毛相犬2  第九章


 準備体操代わりのランニングを終え、組み手の訓練を行う新兵たちをハボックとロイはゆっくりと見て歩く。時折助言を与えていたハボックは、演習場の片隅に棒術用の棒が置かれていることに気づいてそちらへと歩いていった。
「へぇ、こんなの使ってるんだ」
 ハボックはそう言いながら己の身長より僅かに短い棒を手に取る。真ん中の辺りを掴み手首を返すようにしながら、長い棒を腕に添うようにしてくるくると器用に回した。
「なにをしてるんです、大佐」
 ハボックが新兵の様子も見ずに棒を片手になにやらやりだしたのを見て、ロイが足早にやってくる。眉を顰めて言うロイにハボックは手にした棒を掲げて見せた。
「ああ、少佐。これこれ。棒術用の棒っスよ」
 ニコニコと楽しそうに言うハボックにロイは眉間の皺を深める。
「そんなもの弄ってるとまたラズナー少佐に嫌みを言われかねませんよ、あちらに戻って───」
 ロイがハボックを連れ戻そうと早口に言った時。
「大佐は棒術が得意でいらっしゃいますか?」
 背後からラズナーの声が聞こえてロイは思い切り舌打ちする。あからさまに嫌そうな顔をして振り向くロイに構わずラズナーは近づいてくると、棒を手にするハボックをじろじろと無遠慮に見た。
「いや、殆どやったことないっスね。オレはどっちかって言うと素手でぶん殴る方が性に合ってるから」
 ハボックはそう言いながら棒をクルリと回す。180センチもある長い棒を腕に沿って縦方向に回す様子を見ていたラズナーは、新兵の方に振り向き腕を上げて訓練を中断させた。
「リュウ」
 そう呼べば新兵の間からガッシリとした体躯の大柄な男が出てくる。直立不動の姿勢で次の指示を待つ男を示してラズナーが言った。
「リュウ・ソウレンです。新兵の中では棒術を得意としています。是非、大佐にご指南をいただければ」
「や、オレ、本当に棒術は上手くないんスよ。オレがいた頃は訓練になかったっしょ?」
 ハボックがここにいた頃の訓練内容は元の上官であるラズナーならよく判っている筈だ。ハボックが困ったように頭を掻いて言えば、ラズナーが答えた。
「ですが、全くやったことがないわけではないでしょう?それに相手は新兵ですから」
 そう言う言葉の裏に“新兵相手に逃げるのか”という侮蔑が見え隠れして、ロイはムッとして一歩踏み出す。それを軽く制してハボックは言った。
「判りました。どの程度出来るかは自信ないっスけど、やってみましょう」
 ハボックはそう言うと上着とオーバースカートを取る。ロイに持っていてくれるよう渡せば、ロイが身を寄せて言った。
「いいんですか?恐らくかなり使えるんだと思いますよ?」
 わざわざラズナーが指名するのだ。新兵といえどそれなりの手練に違いない。ロイがそう言ったがハボックは軽く首を竦めただけだった。
「まあ、なるようになるっしょ」
「ッ、無様な格好晒したら許しませんよ?」
「……心配してくれてる訳じゃないんスね」
 純粋にハボックの身を心配しているというより、ここで負けて東方司令部の沽券に関わる方が問題だと思っているらしいロイに、ハボックは落胆したように眉を下げる。それでもリュウを促して演習場の中央に進み出ると、まるで緊張した様子もなくコキコキと首を鳴らした。互いに獲物を手に向かい合うとつま先立ちで膝を開いて腰を下ろす。手にした獲物を地面に置き、先を合わせて礼をした。
「お手柔らかに頼むっスね」
 ハボックは緊張を滲ませる相手にニッコリと笑って言う。棒を手に取りスッと立ち上がったハボックの顔から笑みが消えた。
「始めッ」
「ハッ!」
 ラズナーの声を受けてリュウが足を踏み出すと同時に手にした棒をまっすぐに突き出してくる。ハボックが己の棒で突き出された棒を弾くようにして右へ回れば、リュウがその動きを追うように棒を振りかざし振り下ろした。
「フンッ!」
 振り下ろされる棒をハボックが己の棒でよければ更に続けざまにリュウが棒を叩きつける。カンカンッと棒を打ち合う音が響いたと思うと、不意にリュウが振りかざした棒をハボックの足下に向かって薙いだ。
「ッッ!」
 足下を掬うように払われた棒をハボックが飛び上がってよける。地面に降りたところをリュウが返す棒でハボックの頭頂を狙った。
「危な───」
 思わず声を上げかけたロイの視線の先、降りたその場所から前へと飛び出すようにして一瞬で間合いを詰めたハボックが、己の棒で棒を持つリュウの手首に突きを入れる。そのまま体を密着させたと思うと棒を回してリュウの肩を捻り潰し(たい)を崩した。ハボックは体重をかけるようにして体勢を崩させたリュウの喉元に向かって手にした棒を突き込む。地面に倒れ込んだリュウの喉をそのままでは突き潰す寸前のところでハボックは棒をピタリと止めた。
「……ヒ」
 長い棒を急所に突きつけられてリュウは目を見開いてハボックを見上げる。息も乱さず無表情にリュウを見下ろしていたハボックが尋ねるように呼んだ。
「ラズナー少佐?」
「ッ!そ、そこまでっ」
 リュウの勢いにその勝利を信じていたラズナーはハッとして言う。その声にハボックは突きつけていた棒を引くとにっこりと笑って手を差し出した。
「凄かったねぇ、やられるかと思ったっスよ」
 そう言いながらハボックはリュウを引き起こしてやる。そうすれば驚愕と感激に目を見開いたリュウがピッと敬礼を寄越した。
「ありがとうございましたッ、ハボック大佐」
 そう言うリュウにウィンクを投げてハボックは棒を手にラズナーのところまで歩いてくる。目を見開いて見つめてくるラズナーの目の前で、ハボックが手にした棒をシュッと突き出せばラズナーがギクリと身を強張らせた。ハボックは素知らぬふりで棒をクルリと回して見せる。
「はい、これ。返しますね」
 ハボックはにこやかに笑ってそう言うと手にした棒をラズナーに渡し、ロイのところに戻ってくると預けていた上着とオーバースカートを受け取った。
「殆どやったことがないっていうのは嘘ですね?」
「嘘じゃないっスよ。でも、こんなの棒があるなしの違いだけで素手でやるのと大して変わんないっしょ?」
 ハボックはそう言いながら上着の袖に腕を通す。
「オレ、喧嘩は得意っスから」
「喧嘩って……」
 ニコニコと笑いながら言うハボックにロイは肩を落とす。
「なんとなくラズナー少佐に同情したくなってきました」
「え?なんでっスか?なんで?」
 ボソリと言えば“なんで?”と騒ぐハボックの顔を手のひらで押しやって、ロイは一つため息をついた。



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