見毛相犬2  第十章


 午前中いっぱい新兵の訓練に立ち会い、少し遅めの昼食をとるためにハボックとロイは食堂に向かう。士官用の食堂へ入ろうとしたロイは、さっきまでいたはずのハボックがいないことに気づいた。
「どこに行ったんだ?」
 たった今まですぐ側で腹が減ったと零していたと思ったのにと、ロイはハボックの姿を探す。そうすれば下士官用の食堂で、若い兵達と混じってトレイを手に厨房の女性と話しているハボックの姿を見つけた。
「あんなところに」
 ロイは僅かに眉を寄せて下士官用の食堂へと入っていく。カッカッと小気味悦い音を立て、背筋を伸ばして歩くロイの姿に食堂の中が一瞬にして緊張した。
「オバちゃん、シチュー大盛りにしてよ」
「大佐」
 食堂に広がる緊張感になど気づきもせずに厨房の女性に注文をつけるハボックに、ロイは近づきながら声をかける。そうすれば、振り向いたハボックが満面の笑みを浮かべた。
「ああ、少佐」
「なにをやってるんです?士官用の食堂はあっちでしょう?」
 ロイが身振りで示して言うとハボックは顔を顰める。
「あっちはお上品すぎて。こっちの方がボリュームがあって安いっスから。ね、オバちゃん、そんなわけでシチュー大盛りね?」
 前半はロイに向けて、後半はカウンターを挟んだ厨房の中で料理を盛りつける女性に向かって言う。
「ハボックさん、変わんないわねぇ。今は大佐さんなんでしょう?」
 言われた女性は笑いながらもハボックの皿にたっぷりとシチューを盛ってくれる。ハボックは礼を言って皿を受け取ると、もう一人分装ってくれるよう頼んだ。
「はい、少佐も一緒に食いましょう」
「いや、私は」
「旨いっスから、ここのランチ」
 そう言えばカウンターの中の女性も頷く。そうなれば断る訳にもいかず、ロイはハボックからトレイを受け取ると近くのテーブルに向かい合って腰掛けた。
「いっつもここでメシ食ってたんスよ。少佐はこんなとこで食ったことないっしょ?旨いもんスよ」
 言われてロイはシチューを掬って口に運ぶ。エビをベースにしたクリーミーなシチューは濃厚でとても美味しかった。
「美味しい。腹持ちもよさそうだ」
 素直に感想を口にすればハボックが嬉しそうに笑う。
「でしょう?士官用のお上品メニューなんかより絶対こっちの方がいいっスよ」
 ハボックがそう言いながら気持ちいいほどの勢いで平らげていくのを見ていたロイは、トレイの上のフライの盛り合わせが載った皿をハボックの方に押し出した。
「でも、私には多すぎます」
「食わないんスか?旨いっスよ?」
「旨いんでしょうけど、シチューとサラダだけで十分です」
 味以上にボリュームを追求しているらしいランチメニューは自分には多すぎる。ロイがそう言えばハボックは遠慮なしに押し出された皿を自分の方へ引き取った。
「朝もコーヒーだけで昼もそれっぽっち。そんなだから女の子みたいに細っこい───」
 ロイにジロリと睨まれてハボックはフライと一緒に言いかけた言葉を飲み込む。その時、二人のテーブルに陰がさして声が降ってきた。
「あっあの、失礼しますッ」
「あ、さっきの」
 声の主を見上げたハボックはそれが先ほど棒術でやりあった相手と気づいて目を瞠る。ランチを載せたトレイを手にしたリュウ・ソウレンは、訓練の時以上に緊張して言った。
「お食事中のところ申し訳ありませんッ、あのっ、もしよろしければ棒術の事で伺いたい事があるのですがよろしいでしょうかッ?」
 ガチガチに緊張して言うリュウにロイが眉を顰める。
「おい、今我々は食事中───」
「構わないっスよ、なに?」
「大佐」
 ロイが言いかけるのを手を挙げて遮るとハボックは言う。
「いいよ、メシ食いながら話そう」
「ありがとうございますッッ」
 ニコッと笑って言うハボックにリュウが顔を輝かせて頭を下げた。勧められるまま隣に腰を下ろしたリュウの向こう、見覚えのある顔が幾つもハボック達の様子を伺っていることに気づいて、ハボックは声を上げた。
「他にも何か話がある奴がいるなら一緒にメシを食おう」
「ちょ……、大佐っ」
 ロイが止めるまもなく、ハボックの言葉に顔を見合わせた新兵達が一斉にハボック達の周りに集まってくる。気がつけばすっかりと取り囲まれた新兵達の質問に、ロイはハボックと一緒に答えるはめになっていたのだった。


「いやあ、楽しかったっスね。メシも旨かったし」
 食事を終えてからも新兵達の質問が続いてなかなか席を立てずにいたが、会議があるからとロイが半ば強引にハボックを食堂から連れ出す。並んで廊下を歩きながら満足げに言うハボックに、ロイはげんなりとため息をついた。
「食事をした気にならなかったです」
「あれ?食べられませんでした?」
 キョトンとして言うハボックにロイはもう一つため息をつく。不思議そうなハボックを見上げてロイは言った。
「質問に答えるならそういう場を作るべきです。あんなところで食事をしながらなんて───」
「でも、ああいう場所の方が本音が出るっスよ」
 ロイの言葉に被せるようにハボックが言う。意外そうに目を瞠るロイにハボックは続けた。
「本当は飲んで騒いで話を引き出すのが一番なんでしょうけど、流石にそれはラズナー少佐がさせてくれないでしょうから」
「大佐」
「でも、結構色々聞けたっしょ?」
 訓練内容や技術の事が大半ではあったが、確かにその中にちらほらとラズナーや軍に対する考え方も聞こえてきていた。
「それに、錬金術の話。少佐も結構真面目に答えてたじゃないっスか」
「それは聞かれたらきちんと答えるべきでしょう?」
「きっとあの中から錬金術師になる奴が出てくるっスよ。楽しみっスね」
 そう言って笑うのを聞いて、ロイは足を止める。突然立ち止まったロイにハボックも足を止めて不思議そうに首を傾げた。
「少佐?どうかしたっスか?」
「……いえ、なんでもありません」
 ロイはそう答えると軽く首を振って歩き出す。先に行ってしまうロイを追いかけて再び並ぶとハボックは言った。
「たらふくメシ食った後に会議なんて、寝ちまいそうっスよ」
「寝たら容赦なく燃やしますから」
「えー」
 情けなく眉を下げるハボックの声を聞きながら、ロイの唇には笑みが浮かんでいたのだった。



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