見毛相犬2  第十一章


 新兵の演習を終えたラズナーは遅めの昼食をとろうと司令部の廊下を歩いていく。内心の苛立ちを隠しきれず、険しい顔で靴音も荒く歩くラズナーを、すれ違う軍人たちは見て見ぬ振りをした。
(なにが殆どやったことがない、だ。なにがどの程度出来るかは自信ない、だ。ふざけたことをッ)
 先ほどの演習での一件を思い起こしてラズナーは内心ハボックを罵る。新兵の前で恥をかかせてやるつもりが、鮮やかな棒さばきであっと言う間にリュウを退けたハボックに注がれた新兵たちの視線は、ラズナーの思惑に反して賞賛と憧憬に満ちていた。
(リュウもリュウだ。日頃の鍛錬を疎かにするからあんな奴に後れをとるんだ)
 リュウは棒術の選手権で準優勝したこともある実力者だ。実際司令部の中でも彼に匹敵する腕を持つものは数えるほどしかおらず、棒術の経験が少ないハボックが勝てるとは思えなかった。そうであればリュウが過去の実績に胡座をかいて鍛錬を怠っていると決めつけ、ラズナーは後日リュウを厳しく叱責しなくてはと考えた。
(それにしても相変わらず忌々しいほどの身体能力だな。本能だけは大佐になっても鈍っていないということか?)
 ハボックの戦闘技術は優れている。特に接近戦の関しては素手にしろ武器を使うにしろその技術は抜きんでていた。だが、ラズナーから見ればその型は我流で本能に即して反射的にやっているようにしか思えず、基本と反復訓練を是とするラズナーには普段ぐうたらと過ごし実戦でものらりくらりとかわすハボックの姿はとても認められるものではなかった。
(腹立たしい)
 ハボックのしまりのない顔に一発叩き込んだらどれほどすっきりするだろう、そんなことを考えながら角を曲がったラズナーは、下士官用の食堂に人だかりができていることに気づいて目を見開いた。なんだ?とよく見てみればその中心にハボックとロイがいることに気づく。新兵たちに囲まれて楽しそうに答えているハボックの顔を睨むように見つめたラズナーは、(きびす)を返すと食堂から離れた。


 ラズナーの部下として南方司令部にいた時から、その人懐こく親しみやすい性格でハボックの周りには人が集まっていた。部下たちとも上下の関係を気にする様子もなく親しく接し、そのせいか彼の部下たちも己の隊長を時にからかいながらも敬愛し、尊敬し、信頼しきっていたようだった。ハボックが率いる部隊は南方司令部の中でもかなりの荒くれ者どもが集まっていたにもかかわらず、その団結力は群を抜いていて部隊としての能力も一、二を荒そう精鋭部隊だった。ハボックは相手が誰であろうと接し方を変えなかったし、ラズナーに対しても人懐こい笑みを浮かべて話しかけてきたものだった。もっともそんなハボックはラズナーから見れば立場をわきまえない不届き者としか思えず、ラズナーの冷たく厳しい態度にハボックもいつしか困ったような笑みを浮かべるだけとなっていたのだったが。


(あのくそ忌々しい町でもそうだった)
 ラズナーの脳裏に思い出したくもない過去が浮かび上がる。高官の護衛と言えば聞こえはいいが、実際には若い愛人とその愛人に骨抜きの高官のお守りと、旅行には不必要と思える彼らの贅沢な日用品の運び手にすぎなかった任務。一刻も早くこんなくだらない任務は終えて帰りたいとばかり考えていたラズナーとは対照的に、ハボックは小さな町の住人達と打ち解け、日々楽しく過ごしていた。そんなこともあって町が敵に包囲され、高官と愛人が自分達だけさっさと逃げ出した見捨てられた町に取り残された時、住民達が頼ったのは他でもないハボックだった。ラズナーは上官である自分よりも住民達がハボックを頼った事を面白くなく思いはしたものの、これ幸いと自分だけ町から脱出した。実際のところ、町の住人を連れての脱出など不可能と思えたし、高官達すら見捨てたたかが小さな町の住人など助けるに値しないと思えたのだ。だが。
『ハボック少尉があの町の住人、一人残らず引き連れて脱出に成功したって』
 南方司令部に戻って少しして聞こえてきた話にラズナーは耳を疑った。ただの希望的観測、脱出できたとしても実際はごく一部に過ぎないだろうと、ハボックも無事ではすまなかったのだろうと考えたラズナーの前に、ハボックは全く変わらぬ様子で現れた。自分達を見捨てたラズナーに恨み言をいうでもなくラズナーの無事を喜ぶ言葉を口にするハボックに、ラズナーはどれほど怒りを覚えた事だろう。その怒りが一人逃げた事の後ろめたさと、住民達を一人として欠けることなく無事逃がしたハボックの能力の高さに対する嫉妬からきていることを、ラズナー自身気づいていない訳ではなかったが、ラズナーはそれに気づかぬフリをした。気づかぬフリで内にたまる怒りと後悔とを、そのままハボックにぶつけたのだ。


「気に入らん。あの男が大佐だなど、絶対に私は認めんぞ……ッ」
 新兵たちに囲まれて楽しそうに笑うハボックの顔を思い浮かべてラズナーは顔を歪める。ダンッと力任せに壁を叩いて低く呟いたラズナーはその瞳に昏い焔を燃え上がらせたのだった。


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