見毛相犬2  第七章


 その後は一日何事もなく過ぎ、ハボックとロイは早めながらもホテルへと向かう。ハンドルを握るチェンに昼間起こったことを漏らせば、チェンが思い切り顔を顰めた。
「大佐〜。ちゃんと言ったじゃないですか、気をつけてくださいって。ホントそういう抜けてるところ、変わんないんだから」
「ごめん……」
 遠慮のない元部下の言葉にハボックは首を竦める。チェンはハボックと並んで座るロイをミラー越しに見て言った。
「マスタング少佐、この人、平時における危機意識皆無ですから。いったんスイッチ入ればいいんですけど、なかなか入らないんで気をつけてやって下さい」
「……心しておこう」
 チェンの言葉に頷いてロイはジロリとハボック見る。そうすれば益々その長身を縮こまらせるハボックにロイはため息をついた。
「明日は八時にお迎えにあがります」
 ホテルに着くとチェンは二人を部屋まで送り届けてそう言う。それからロイを見て続けた。
「では、よろしくお願いします。マスタング少佐」
「ああ」
 ロイが頷けばピッと敬礼を寄越してチェンが帰っていく。その背を見送って部屋に入ろうとしたロイは、傍らのハボックがなにやら不満そうな表情を浮かべていることに気づいた。
「何か?」
「…………それって間違ってません?」
「なにがです?」
 ハボックの言うことが判らずロイは小首を傾げる。そうすればハボックがボリボリと後頭部を掻きながら言った。
「普通、オレと少佐を見比べたらオレに少佐をよろしくって言いません?」
「何故です?部下の私が上官の警護をするのはおかしいとは思いませんが」
「えー、だってやっぱりお姫様はナイトに守られるのがセオリー───」
「レアとミディアムとウエルダン、どれがお好みですか?」
 ハボックの言葉を遮ってロイが言う。隠しから取り出した発火布をシュッと手にはめるのを見て、ハボックが頬をひきつらせた。
「ええと、是非生でお願いしたいかと」
 そう言えば黒曜石の瞳がハボックをじっと見つめる。「ははは」と乾いた笑みを浮かべたハボックは次の瞬間ペコペコと頭を下げた。
「……ったく」
 ロイはため息混じりに呟くとハボックの肩を掴む。驚いて見開いた瞳で見つめてくるハボックを見返して言った。
「あなたのスイッチはどこにあるんです?大佐」
 そう聞かれてハボックが困ったように笑えばロイが続ける。
「危険が身に降りかかってからスイッチが入ったのでは遅いんですよ」
「……そっスね」
 ロイの言葉に流石にハボックも頷く。扉に寄りかかってため息をついて言った。
「そんなにオレの事、気に入らないんスかね……。せっかく目に付かないところに行ったのにわざわざ呼びつけてまで」
 判んねぇ、と呟くハボックをロイはじっと見つめる。そうまで他人に対して負の感情を抱くことをハボックにはどうしても理解出来ないようだったが、ロイにはラズナーの気持ちも全く判らなくもなかった。
「明日は新兵への訓示でしたね、その後演習に参加」
「…………訓示、少佐がやってくれませんか?」
「大佐」
「だってオレ、そういうのすっげぇ苦手で。絶対恥掻くっスもん」
 本気で嫌そうにハボックは顔を顰めて言う。だが、ロイはそんなハボックを面白そうに見て言った。
「いいじゃないですか。いっそ恥の一つもかいた方がラズナー少佐の気も多少は収まるかもしれませんよ?」
「しょうさぁ……」
 ロイの言葉にハボックが思い切り眉尻を下げる。その情けない顔に思わずロイがククッと笑えばハボックも笑って言った。
「ね、軽く一杯行きません?上にバーがあったっしょ?」
「……まだ初日ですよ?」
 ハボックの言葉にロイが途端に眉を顰める。そんなロイの肩に手を置いて回れ右させてハボックが言った。
「ちょっとだけ。明日からの景気付けっスよ、ね?」
「……一杯だけですからね」
「判ってます」
 肩越しに言えば子供のような嬉しそうな笑顔を浮かべるハボックに、ロイはやれやれとため息をついた。


「本当に一杯で帰ってきたっスね」
「そう言った筈ですが?」
 最初の言葉通り、グラス一杯でサッと席を立ったロイについて部屋に戻りながら言うハボックを、何か問題があるのかとロイが見上げる。「そうですね」と肩を落とすハボックと戻ってきた部屋の前で立ち止まって、ロイは言った。
「明日の訓示ですが、案を作りましょうか?」
 あくまで話すのは大佐ですが、と注釈つきでの申し出にハボックはちょっと考えて首を振る。
「いや、なんとか考えます」
「そうですか」
 ハボックの言葉にほんの少し意外そうに目を瞠ったものの、ロイはそれ以上言わずに頷いた。
「では、おやすみなさい、大佐」
「お疲れさんでした。明日もよろしく」
 そう言葉を交わして、二人は一日の疲れを癒すためにそれぞれの部屋に分かれた。


→ 第八章
第六章 ←