見毛相犬2  第六章


「もうすぐ会議が始まるっていうのに……どこに行きやがった、あのボケナスッ!!」
 秀麗な顔に似合わぬ汚い言葉で飛び出していったままの上官を罵って、ロイはめくっていたファイルを机に叩きつける。叩きつけた勢いのまま立ち上がり、扉を乱暴に開いたロイは、びっくり眼で扉の前に立つハボックともう少しでぶつかりそうになった。
「うわっ?!……なんでそんなところに突っ立ってるんですッ?」
「いや、丁度入ろうとしたら少佐がオレの胸に飛び込んできたから」
 えへへ、と笑うハボックをロイはギロリと睨む。
「いつ私が大佐の胸に飛び込みましたか?」
「……勘違いでした」
 射殺されそうな目つきにハボックは顔をひきつらせて背筋を伸ばした。ロイはそんなハボックを凄い目つきで睨んでいたが、一つ息を吐き出して目を閉じる。気持ちを落ち着かせようとするようにゆっくり息を吸って吐き出すと、目を開いてハボックを見上げた。
「急ぎませんと、会議が始まります」
 ロイはそう言って部屋の中に戻ると先ほど叩きつけたファイルを手に取る。入口のところで待っていたハボックを促し、ロイは足早に歩きだした。
「今日は逃げなかったんですね?」
 並んで廊下を歩きながらロイが聞く。そうすればポケットに手を突っ込んで背中を丸めて歩くハボックが答えた。
「流石にここでは拙いと思って。一応オレたち、東方司令部の看板背負って来てるわけだし」
 そんな事を言うハボックをロイは意外そうに見上げる。そのあからさまに“信じられない”という表情を浮かべるロイに、ハボックは苦笑した。
「って、少佐なら言うっしょ?」
「……少しは判ってきたようですね」
「はあ、まあ一応」
 返されてハボックはアハハと笑いながら頭を掻く。その丸まった背筋を見て、ロイはハボックの髪を背後からグイと引っ張った。
「イテテッ!!」
「それが判ってるなら背筋を伸ばしなさい。どうして折角の長身、そんなに背を丸めて歩くんですか」
「えー、だって」
「だって、なんです?」
 そう言ってキツイ視線を寄越すロイの背はピンと伸びて、気持ちがよいほどだ。カッカッと軍靴を鳴らして歩くさまは堂々として細い体をふた回り大きく見せていた。
「少佐はカッコいいっス」
「は?なにを言ってるんです?貴方こそもっと自信を持って背筋を伸ばして歩けば───」
「着いたっスよ」
 ロイが言いかけた言葉を遮ってハボックが目の前の扉を指さす。一瞬目を見開いたロイはそれ以上なにも言わずに、入口に立つ担当の事務官が開けた扉からハボックと二人会議の席上についた。


 名前のプレートが置かれた席に座れば、すぐさま事務方の女性職員がコーヒーを運んでくる。コーヒーのカップが置かれるや否や、カップを手に取り一気に飲み干すハボックをロイが呆れたように見れば、ハボックがへらりと笑って言った。
「今日は絶対寝ないようにしようと思って」
 さっきの事と言い、ハボックもそれなりには気を遣っているつもりらしい。それならまあいいだろうと、配られた資料に目を通していたロイは、ハボックの体が不自然に揺れていることに気づいた。
「大佐?」
 そう声をかけて見上げるが、ハボックはぼんやりと宙を見つめたままだ。そのあまりにも妙な様子にロイがハボックに向き直り声をかけようとした時、会議の始まりを告げる進行役の事務官の声が聞こえた。
「チッ」
 ロイは軽く舌打ちして正面に向き直る。議題と問題点が上げられる中、ラズナー少佐が立ち上がり、ハボックに向かって言った。
「それではここで一つ、東方司令部からご参加頂いているハボック大佐にご意見を頂きましょう。大佐、どうぞお願いします」
 その言葉に会議室中の視線がハボックに集まる。だが、ハボックは相変わらずぼんやりと宙を見つめたままだ。
「大佐」
 ロイがハボックの脇腹をつつけば、ハボックの瞳が一瞬焦点をロイに合わせた。
「議題1の6についての意見を求められてます」
 小声で早口に言うロイをハボックが見る。じっとロイを見つめたままのハボックに、ロイが困りきって何か言おうとした時、ハボックが言った。
「この件に関しましてはマスタング少佐から話をさせて頂きます。彼とは東方にいる間にしっかり打ち合わせをしてきましたし、マスタング少佐の意見はオレの意見っスから」
 ハボックはどこか呂律の回らない口調でそう言うと、ロイによろしくと目配せして椅子にヘタリ込む。明らかに様子がおかしいのにロイは僅かに目を瞠ったが、すぐにこちらに視線を向けている出席者の面々を見渡し、にこやかに微笑んだ。
「では、私の方から述べさせて頂きましょう」
 ロイはそう言って事前に持ち込んでコピーを配布するよう手配していた書類を元に、淀みなく説明を続けていく。そのよく通る説得力に満ちた声を聞きながら、ラズナーがハボックとロイの二人を忌々しそうに見つめていた。


「大佐、水です」
 会議を終えてあてがわれた部屋に戻ってくると、ロイはソファーに倒れ込んだハボックにグラスを差し出す。なんとか身を起こし、受け取ったグラスの水を一気に飲み干して、ハボックはやれやれとため息をついた。
「あー、まだグラグラする……」
「大佐?」
 もう一杯と差し出されたグラスに水を注いで、ロイはハボックの顔を覗き込む。ハボックは今度はゆっくりと水を飲んでハアアと息を吐き出した。
「コーヒー飲んだら急に目が回っちまって」
 どうしようかと思った、とソファーの背もたれに体を預けるハボックにロイは目を瞠る。
「薬を盛られたということですか?」
「多分ね……」
 背もたれの上に頭を載せて、喉を反らせて呟くハボックにロイが乱暴な仕草で立ち上がる。部屋から飛び出していこうとすればハボックに呼び止められ、ロイは仕方なしにソファーに戻った。
「無駄っスよ。カップはもう片づけられてるし、コーヒー持ってきた女の子はなんも知らないと思います」
「大佐、お言葉ですが、これは犯罪行為です。もし盛られていたのが毒だったら、貴方死んでるんですよ?」
 ロイは己のすぐ側で起こった事に対して、それを起こした相手よりも気づかなかった己に対して怒りを込めて低い声で言う。その黒曜石に燃える怒りにクスリと笑ったハボックは、コキコキと首を鳴らした。
「油断してました。チェン達に気をつけろって言われてたのに」
 そう言って大きく息を吸って吐き出すとハボックはロイを見る。
「少佐、手ぇ貸して貰えるっスか?」
「勿論です。こっちを舐めてかかるとどうなるか、思い知らせてやりましょう」
 物騒な光をたたえて笑う黒曜石に。
「お手柔らかに」
 ハボックも笑って答えた。


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