見毛相犬2  第四章


「ハボック大佐」
 南方司令部の玄関前に滑り込んだ車から降りたハボックは、声がした方を振り返る。その眉尻が一瞬嫌そうに下がったのをロイは見逃さなかった。
「ラズナー少佐」
 それでも次の瞬間には人懐こい笑みを浮かべてハボックはラズナーに近づく。ラズナーはかつての部下にお手本のような敬礼をして言った。
「遠いところお疲れさまです、お待ちしておりました」
「ラズナー少佐、そんな堅苦しくしなくても……」
 ハボックが困ったようにボリボリと頭を掻きながらへらりと笑みを浮かべたが、ラズナーは表情を崩さない。「ええと」と呟くハボックを見かねて、ロイが一歩進み出た。
「お世話になります、ラズナー少佐。今日はこれから?」
 促すように今日の予定を尋ねるロイにまずは中へとラズナーが身振りで示す。ラズナーの後について行きながら、ロイは小さく背を丸めるハボックを睨み上げた。
「背を伸ばして。シャンとしてください。みんな見てますよ」
 ロイが言うとおり司令部の廊下を歩く二人にそこここから視線が向けられている。ハボックはちょっと背を伸ばすとヘラッと笑った。
「見てんのはオレじゃなくて少佐っスから」
「私?そんな事はないでしょう?」
 ロイは言いながら視線を部屋の入口から様子を伺っている女性職員に向ける。そうすればキャアと可愛らしい悲鳴が上がって、女性たちが顔を真っ赤に染めてひそひそと囁き合った。
「あれは別に私に向けられたものではないと思いますが」
 ロイはそう言ってハボックに視線を戻す。本気でそう言っているらしいロイに、ハボックはため息をついて言った。
「罪作りっスねぇ、少佐も」
「は?どういう意味です?」
 途端にロイが表情を険しくする。それにハボックが答える前に二人は扉の前に辿り着いた。
「どうぞ、こちらにおられる間はここをお使い下さい」
 ラズナーは言って部屋の扉を開ける。大振りな机とそれとは別に事務作業用の机と椅子が二セット、それにソファーセットが置かれた部屋に入りながらハボックは言った。
「別にわざわざこんな部屋用意して貰わなくてもよかったんスけど」
「そういうわけには参りません」
 ラズナーはそう言うと扉のところで立ち止まる。小脇に挟んでいたファイルを広げ、ラズナーは今日の予定を簡単に説明した。
「とりあえず会議が始まるまでこちらでお休み下さい。すぐコーヒーをお持ちします」
「どうぞお構いなくぅ」
 頭を掻きながらそう言うハボックの視界を遮るように扉が閉められる。部屋の中で暫し立ち尽くしたハボックとロイだったが、ロイはラズナーが置いていったファイルを開く。この一週間の予定と、その内容が詳しくが書かれた書類を見ながらロイが言った。
「大佐、これで今後のスケジュールを確認───」
「少佐見といて下さい。オレはちょっと行くところがあるんで」
「えっ?ちょ……大佐っ」
 ハボックは着ていた上着を脱いでソファーに放り投げると扉に歩み寄る。
「じゃあ、よろしく」
「大佐っ!」
 ハボックはそう言うとそそくさと部屋から出て行ってしまった。引き留め損ねて部屋に取り残されたロイは、暫くの間ハボックが出ていった扉を見つめていたが、やがて大きなため息をつく。
「まったく……せっかく凱旋したんだろうに」
 あの年で大佐だ。実力だって相応のものを持っている。見目も悪くなく、ちゃんとしていれば羨望と憧れの的だろうに。
「どうやって躾てやろう、あのぐーたら大佐」
 ロイは自分こそそんな憧れの眼差しを向けられている事を露ほども感じず、書類を乱暴にめくった。


「いやはや参ったなぁ……」
 黒いTシャツ姿のハボックは、ポケットに手を突っ込み咥え煙草でちょっと背を丸めながら司令部の廊下を歩いていく。昔馴染みの司令部の景色にすっかりととけ込んで、ハボックはかつて自分が率いていた小隊の詰め所へと向かっていた。
「少佐、立ってるだけで目立つからなぁ」
 一緒にいたら自分まで注目を浴びてしまう。出来ることならコソッと演習に参加して、コソッと最低限のなすべき事を済ませて帰りたいと思っていたのになかなかそう上手くはいかなさそうだ。ハボックは一つため息をつくと辿り着いた詰め所の扉を開けた。
「よお、久しぶりー」
「隊長っ!」
「お帰りなさいッ!」
「お久しぶりです、隊長!」
 にへらと笑って声をかければ中にいた隊員たちが一斉に立ち上がる。口々に声をかけてくる以前の部下たちに一通り答えたハボックは、ニコニコと笑いながらその様子を見ていたチェンに向き直った。
「で?どんな様子だ。チェン?」
「今回はまた色々大変そうですよ」
 尋ねられてチェンが答える。
「隊長、よっぽどラズナー少佐の恨み買ってますね」
「……オレ、何にもしてないのに」
 チェンの言葉にため息をついてしゃがみ込むハボックに隊員の一人が言った。
「あんな綺麗どころ連れて帰ってくるだけでも、十分に喧嘩売ってますよ」
「そうそう、なんていったって焔の錬金術師どのですからね」
 そうだそうだと言う隊員たちにハボックが顔を顰めた。
「勝手についてくるって言ったんだもん」
「勝手にだって」
「モテますね、隊長っ」
 ハボックが言えば一斉にからかう言葉が飛ぶ。不貞腐れたように唇を尖らせるハボックにチェンが言った。
「まあ、いずれにせよ気をつけて下さいね。演習中は俺たちがサポートしますけど、司令部の中でも外でも」
「ん……、サンキュ、みんな」
 そう言うハボックの背を、隊員たちが励ますように叩いた。


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