見毛相犬2  第三章


 ガタンガタンとレールの継ぎ目に合わせて揺れる列車に身を預けて、ハボックは向かいの席に座るロイの様子を伺う。窓枠に肘をついてぼんやりと外の様子を眺める己とは対照的に、ロイは持参した書類に目を通していた。
(本当のところどうしてなんだろう)
 ハボックは艶やかな黒髪に縁取られた端正な顔を見つめながら思う。あの時、一緒に南方司令部へ行くと言ったロイに恐る恐るその理由を尋ねれば、ロイは何でもないように言った。
『貴方一人で行かせたら、どうせまたボーッとしてるでしょう?貴方のせいで東方司令部の評価が落ちたら堪りませんから』
 お目付け役でついていくのだとロイは言ったが、その真意はどこにあるのだろう。正直古巣の南方司令部であればハボックの人となりはある程度知られており、ついうっかり評価が上がることはあっても、これ以上悪くなることはないと思えた。
(オレがラズナー少佐に苛められないか、心配してくれてるのかな)
 他に理由が思いつかずハボックはそう考える。だが、今までの事を振り返ればそれはあまりに己に都合のいい理由と思えた。
(本当にお目付け役のつもりなんだろうな)
 ヘラヘラとして妙な約束事でもされた日には堪らないと思ったのだろう。
(まあ、そんなとこだよな)
 せめて南方司令部にいる間だけでもロイの不興を買わないようにしよう。ハボックはそう考えて窓の外を流れる景色を見やったのだった。


 ロイは読んでいた書類から目だけ上げると向かいに座る年下の上官を盗み見る。ぼーっとして外の景色を眺める様に、ロイはそっとため息をついた。
(相変わらず読めん男だな)
 以前二人きりで任務に当たった時の様子から、ハボックが実は類まれな能力の持ち主だと言うことは判っている。だが、その後のハボックは東方司令部に来た当初と変わらず、書類にサインをしたくないとごねては逃げだし、会議に出れば寝てばかり、今度の司令官はボンクラだと噂が立つまでになっていた。
『やれば出来るのにもの凄い無精者でよっぽど興味が湧かないとやらない』
 ロイの脳裏に以前ブレダが言っていた言葉が浮かぶ。
『適当なところで上手にあしらってくれる部下に助けられてのんびりやるのが向いてるんです』
 そして更に言っていた言葉も。
(私のあしらい方がまだまだだと言うことか?)
 ロイはそう思いながらハボックが意外と整った容姿であることに気づく。
(いいだろう、この出張できっちり躾てどこに出しても恥ずかしくない司令官に、このロイ・マスタングが育ててやろうじゃないか)
 ハボックを叩き出したところで次に来る上司が今のハボックよりいいとは限らない。それよりは少なくとも能力的には持つべき物を持っているハボックを躾た方が何倍もいい結果になるに違いない。
(ぼーっとしていていいようにされたら堪らんと思ってついてきたが、見ていろ、帰る頃には立派な“ハボック大佐”に育てて見せるぞッ)
 端から見ればまるで大型犬を躾る訓練士のようだと言うことには気づかずに、ロイは堅く心に誓ったのだった。


「ハボック大佐!」
 駅の改札を通り抜け駅前の広場に出れば、そう声がかかって青い軍服が駆け寄ってくる。その顔を見て、ハボックはパッと顔を輝かせた。
「チェン!」
 男はハボックとロイの前に立つとピッと敬礼してみせる。ハボックは男の肩を叩くと嬉しそうに言った。
「久しぶりだな、元気だったか?チェン」
「勿論ですよ。隊長……じゃなかった大佐もお元気そうで」
 そう言って親しげに言葉を交わす二人をロイが見つめる。それに気づいて、ハボックが笑ってチェンを紹介した。
「チェンです。オレが南方司令部にいた頃、オレの隊にいたんスよ」
「チェン・ウェイン少尉です。お二人がこちらにおられる間お世話するように言いつかってます。何でも仰ってください」
「マスタングだ、よろしく頼むよ、チェン少尉」
 人懐っこい笑みを浮かべて言う男にロイが笑って頷く。チェンは停めていた車のところへ二人を案内すると扉を開きながら言った。
「司令部じゃみんな楽しみにしてます、あの焔の錬金術師が来るって」
「私?私は単なる御付だぞ。私の事より出世して帰ってきたハボック大佐の方に興味が向くのが普通だろう?」
 ロイが小首を傾げて言えば、ハボックとチェンが顔を見合わせる。
「オレのことはみんな不思議がってこそいても大して気にとめちゃ貰えないっスよ」
「隊長、昼行灯とか言われてましたもんね」
「そうだったな」
 元部下に言われてハボックがハハハと頭を掻きながら笑った。
「さ、とにかく行きましょう。ぐずぐずしてるとラズナー少佐に怒られるっスから」
 そう言って車に乗り込むハボックと並んでシートに腰掛けながら。
(帰るまでの間に絶対キチッと躾てやるッ)
 誓いも新たにそう決意したロイだった。


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