| 見毛相犬2 第二章 |
| (少しはオレの事、認めてくれたんかな……) 会議の席上、ハボックは並んで座るロイの横顔を盗み見ながらそう思う。 『貴方にだって彼に劣らないだけの能力はある。少なくとも私は自分の上司があんな風に言われるのは我慢ならない』 ラズナーとのやりとりの後、ロイは怒ったようにそう言った。 (あれってオレの事認めてくれたって事だよな。だったら嬉しいかもー) 東方司令部に赴任してからこっち、ハボックはロイを怒られてばかりだった。一度二人きりで任務に当たる機会があり、その時のハボックの働きに多少は見る目を変えてくれたものの、その後もやはりハボックはロイに睨まれてばかりいる。もういい加減これ以上へこめないというところまでへこんでいた現状、ロイの思いがけないあの言葉にハボックのテンションは一気に上がっていた。 (この調子でもう少し締め付けが緩くなるといいんだけどなぁ) そうしてちょっとくらい笑顔を見せてくれたらやる気も出るのになどとハボックが思った時。 「大佐っ」 ロイがハボックを小声で呼んで肘で押してくる。視線は前に向けたままそんな風にして呼ぶロイに、ハボックは不思議そうに言った。 「え?なんスか?少佐」 ハボックはそう言いながら正面を向いたままのロイの顔を覗き込む。そんなハボックにロイは思い切り舌打ちすると同時に顔を顰めた。ハボックが尚もロイに尋ねようとすれば進行役の事務官が声をかけてくる。 「ハボック大佐、それでよろしいですか?」 「えっ?あ、はい……って、なにが?」 展開が読めず空色の目をまん丸にして首を傾げるハボックに、ロイはため息をついて言った。 「それで構わない。ハボック大佐には私が後で説明する」 「わっ、判りました」 低い不機嫌なロイの声に事務官が慌てて頷く。それでは、と次の議題に移る事務官の声を聞きながらハボックはロイに尋ねた。 「よろしいですか、ってなにがいいんです?少佐」 そう聞いてみるもののロイは答えない。 「あの……少佐?一体なにが───」 「大佐」 繰り返し尋ねようとすればロイがギロリとハボックを睨んだ。 「後で説明申し上げます。今はお静かに」 「───はい」 綺麗な顔で睨んでくるその迫力に、ハボックは頷いて黙り込む。ロイの隣で大きな体を精一杯小さく縮めているハボックを、少し離れた席からラズナーが睨んでいた。 「少佐、あのっ」 会議が終了を告げ、出席者が書類を手に次々と会議室を出ていく中、ファイルを小脇に挟んで同じように部屋を出ていこうとするロイをハボックは慌てて追いかける。振り向きもせず廊下をスタスタと歩いていくロイに並んで、ハボックは白い横顔に話しかけた。 「少佐、さっきの件っスけど……なにがよろしかったんでしょうか?」 後で説明すると言っていたにもかかわらず、なにも説明してくれようとしないロイに、ハボックは困りきって尋ねたがロイは答えるどころか足を止めようともしない。 「あの……」 それでも聞かない訳にはいかず、しつこく声をかければロイがピタリと足を止めた。 「少佐」 立ち止まったロイに幾分ホッとしてハボックが笑みを浮かべる。だが、ロイはそのハボックの笑顔をギロリと睨んで言った。 「会議で寝たらシメると申し上げた筈ですが」 「えっ?寝てないっスよ?」 「ではお尋ねしますが、今日の会議の議題は何でしたか?」 そう尋ねられてハボックは思わず「ウッ」と詰まる。正直ロイの顔ばかり見ていたせいで、会議の内容は全く頭に残っていなかった。どうしたものかと視線をさまよわせるハボックをロイは見つめていたが、やがてため息を一つつくと再び廊下を歩きだす。首を捻って唸っていたハボックは慌ててロイの背を追った。 「少佐っ」 「聞いていなければ寝ていたのと同じです」 「すっ、すみません」 ピシリと言えば頭を掻きながら謝罪するハボックにロイは大きなため息をつく。眉を下げて自分を見下ろしてくる男を見上げてロイは言った。 「背筋を伸ばして!ピシッとなさってください、ピシッと!」 「はいっ」 言われてハボックはピッと直立不動の体勢をとる。そんなハボックにロイはやれやれと言った。 「司令室に戻ったらお話しますから、大佐」 「あ、はいっ。ありがとうございます、少佐」 ロイの言葉にパッと顔を輝かせてハボックは満面の笑みを浮かべる。 (犬の尻尾がブンブン振れてるのが見えるような気がする……) ロイはそんなハボックにガックリと肩を落とした。 「え?南方司令部に出張?」 「有事の際の連携のあり方を現在の南方司令部の状況を踏まえて、南方司令部で勤務経験のある大佐に是非ご足労願って協議したいそうですよ。それと新兵への講演と演習への参加も」 執務室でさっきの会議の内容を事細かに説明を受けていたハボックは、肝心の『よろしいですか』の中身を聞いていた。 「なんでそんな面倒な事オレが───」 「ラズナー少佐からのご提案です」 そう言われてハボックは空色の目を見開く。それから大きなため息をついてガリガリと金色の頭を掻き毟った。 「もう……ッ」 「自分のテリトリーで貴方をコテンパンにやっつけたいというところですか?」 「うー」 ハボックは呻いて執務室の机に懐く。ぺしょんと机に顎をくっつけてぐったりしているハボックにロイが尋ねた。 「単にそりが合わなかっただけじゃないでしょう?何かあったんですか?」 聞かれてハボックは視線だけ上げてロイを見る。真っ直ぐに見下ろしてくる黒曜石にハボックはため息をついて言った。 「ブレダからオレが大佐になった 「戦闘に巻き込まれた町の住人を助け出したという話なら」 ロイの答えにハボックは視線を落とす。ふぅと息を吐き出してハボックは言った。 「ラズナー少佐もいたんスよ、あの時」 その言葉にロイは目を見開く。それだけ言って先を言おうとしないハボックの言葉をロイが代わりに口にした。 「逃げたんですね?」 「まあ、あの状況でまともな神経してたら逃げますよ、普通。ラズナー少佐は悪くないです」 逃げ出した高官に同じようにおいてきぼりを食らったラズナーとハボック。前者は己の身の安全だけを図り、後者は住民共々逃げる道を選んだ。 「オレ、ラズナー少佐の事は特になにも報告したりはしなかったんスけど」 ハボックにしてみれば報告しなかった事に深い意味はなかったのだろう。だが、一人逃げ出して負い目を感じていたラズナーは、責められ嘲笑われていると受け取ったに違いなかった。 「まあ、仕方ないっスね。さっさと行ってあんまり苛められないうちに急いで帰ってきますよ」 体を起こして苦笑混じりに言うハボックに。 「私も一緒に行きます、大佐」 ロイはそう告げたのだった。 |
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