| 見毛相犬2 第三十一章 |
| 並んで走っていた車に自分の車を寄せてガンガンとぶつける。衝撃で弾かれ車の間が開く度、ラズナーはハンドルを切って車を寄せた。降りしきる雨の向こう、ガラス越しに必死にハンドルを握るハボックの横顔が見える。その隣、驚きと怒りに燃えるロイの黒曜石が見えれば、ラズナーは更に激しく車をぶつけ、二人が乗る車を道の向こうへ押しだそうとした。その時、視界の端を特徴のある大きな岩が行き過ぎる。もう一度ガツンと車をぶつけたラズナーは車のスピードを少し緩めた。崖の向こうに落とされないよう必死のもう一台の車は、スピードをそのままに走っていく。やがて目の前に迫るカーブを、ハボックたちが乗った車は曲がりきれずにガードレールを突き破り宙へと飛び出していった。 ラズナーはカーブを少し過ぎた辺りで車を停める。雨の中車が斜面の木々を薙ぎ倒す音が響くのが聞こえ、少しして雨の音だけになる。ラズナーはハンドルに凭れかかると視線だけを上げて雨の中を透かし見た。火炎は上がらなかった。それならあのしぶとい男は必ず帰ってくる筈だ。 「いいだろう、こんな形で決着がついてはつまらんからな」 ラズナーはそう呟いてじっと待ち続けた。 「大佐ッ!」 ゆっくりと傾いでいく車に気づき、ロイは声を張り上げる。片手で枝に掴まり身を乗り出したものの、まさか車を掴む訳にもいかず息を飲んで見つめる中、ハボックを乗せたまま車はゆっくりと引っかかっていた枝から落ちていった。 「大佐ァッ!!」 驚いたように見開かれたハボックの空色の瞳が目の前から消えて、ロイが小刻みに震えながら呆然と木の枝にしがみついた時。 シュルッと細いワイヤーがロイが立つすぐ側の枝に絡みつく。ハッとして下を見れば、木々の間に金色の頭が見えた。 「大佐!」 ロイがしゃがみ込んで呼ぶと、雨の中金色が煌めいてハボックが顔を上げる。張り出す枝を足がかりにしてハボックはロイがいるところまで上ってきた。 「大佐っ」 「あー、死ぬかと思っ────」 ハボックが言いかけたその瞬間、ドォォンッ!と火炎が噴き上がる。その爆風に煽られて、ハボックはロイの体にしがみついた。 「……ッと。すんません、少佐」 「いえ、大丈夫ですか?」 ハボックの腕の中、ロイが見上げて言う。ずぶ濡れで額に張り付く黒髪を、ハボックは指で払ってやりながら言った。 「大丈夫っス。一瞬死ぬかと思ったっスけど」 「それはこっちの台詞です。車ごと落ちたと思いましたよ」 「いやあ、それはあまりに間抜けなんで」 ハボックは苦笑して言うと、崖の上を見上げる。降ってくる雨の向こうを透かし見るようにして言った。 「それに、きっと待ってるでしょうから。期待には応えないとね」 その言葉にロイは僅かに目を瞠る。ハボックの言葉を追うように視線を上げて言った。 「上っていくところを撃たれるんじゃないでしょうか」 「大丈夫っスよ」 「でも」 「ラズナー少佐はそんなことしないっス」 きっぱりとそう言うのを聞いて、ロイは眉を顰めた。 「そんな風に決めつけていいんですか?彼は昔と変わったでしょう?」 そう言うロイをハボックは視線を戻して見つめる。 「ラズナー少佐はそう言うことをする人じゃないっス」 ハボックはそう言うとロイから身を離し、枝に巻き付いたままのワイヤーロープをクイと引っ張って手元に戻した。 「行きましょう」 「……イエッサー」 見つめてくる空色に頷いて、ロイは崖の上を睨み上げた。 『ああ、降ってきちゃいましたね』 司令部の玄関に立って灰色の空を見上げていれば背後から声がかかる。振り向いたラズナーの目に、最近部下となった金髪の若い士官の姿が映った。 『すぐやむだろう、朝のラジオで言っていたからな』 『そうなんスか?』 ラズナーが言えばハボックが僅かに空色の目を見開く。その目を細めてにっこりと笑って言った。 『それじゃあそこの喫茶店で雨がやむまでコーヒーでもどうです?』 そう言って笑う空色が、この雨がやんだ後に広がる空の色を思わせる。澄み切ったその色が眩しくて、ラズナーは目を眇めて若い士官を見ると口を開いた。 ドォォンッ!と地面を震わせる音が響き雨の中火炎が噴き上がる。バチバチと木が爆ぜる音が聞こえてきたが、この雨の中、焔は燃え広がることなくやがて消えていくだろう。 ラズナーは閉じていた目を開けるとゆっくりと体を起こす。目を閉じていた間に見ていた懐かしい風景は一瞬の内に消え去り、ラズナーは指で眉間を揉んだ。あの時、なんと答えたのかラズナーは思いだそうとしたが、すぐにその努力をやめる。 (思い出したところでなにも変わらん。それに) おそらくハボックはそんな事があったことすらもう覚えていないだろう。 (早く来い、ハボック。決着をつけてやる) ラズナーはじっと雨の向こうを睨みながらそう呟いた。 「少佐、手を」 「すみません」 ハボックが差し出す手を掴んで、ロイは体を引き上げる。なんとか足場のしっかりとした岩場まで上るとホッと息を吐いた。 「大丈夫っスか?」 「ええ、大丈夫です」 尋ねたハボックも答えるロイも頭から足の先までずぶ濡れだ。寒い時期ではなかったが、それでもずっしりと重くなった軍服をまとって崖を登るのはかなりの体力を消耗した。 「後少しっス、頑張って」 「問題ありませんよ、大佐こそバテてるんじゃないですか?」 「バテちゃいないっスけど」 とハボックは懐を探る。 「これがねぇ」 取り出した煙草のパッケージはすっかりと濡れそぼって中の煙草もグチョグチョだった。 「少佐こそ湿気たマッチ状態っしょ?」 「試してみますか?煙が恋しいでしょう?」 揶揄する言葉にニヤリと笑って返せばハボックが顔を顰める。 「さあ、馬鹿な事を言ってないで早く登ってしまいましょう。きっと待ち草臥れてますよ」 「そうっスね」 ハボックとロイは頷きあうと残り僅かな距離を一気に登っていく。そうして遂にガードレールが壊れて途切れた場所に登りついた。 |
| → 第三十二章 第三十章 ← |