見毛相犬2  第二十八章


「横流しをしているならその相手の業者なりなんなりがいるはずです。帳簿をチェックして業者を洗い出しましょう」
「そうっスね。でも、いきなり帳簿を出せって言っても拒否されるんじゃないっスか?」
 ロイの意見にハボックが首を傾げる。そうすればロイはため息をついてハボックの肩章を指で弾いた。
「こういう時こそ使ってください」
「えー」
 不服そうな声を上げればロイにジロリと睨まれて、ハボックは首を竦める。では事務所に寄って、と二人がこれからのことを相談しようとした時、ドオンッと大きな音が響いて二人はギョッとして振り向いた。
「大佐っ」
 工事現場の方で土煙が上がるのを目にした瞬間、ハボックが走り出す。それを一歩遅れて追ったロイは、騒然となる現場の少し手前で立ち止まった。
 土煙が薄れた現場では重たい木材や鉄骨が散乱している。集まってきた作業員たちが大声で騒ぎ立てる中、ハボックが数人の男たちと一緒に重なる木材を力をあわせてどけようとしていた。
「大佐」
「下敷きになってるっ、早く助け出さないと!」
 言われて見れば、ハボックたちがどけようとしている木材の下から腕が覗いている。一瞬息をのんで、だがロイはすぐに一緒になって木材に手をかけた。
「せーの!」
 ハボックのかけ声にあわせて一斉に力を込める。一本持ち上げては脇に転がし、全てをどければ一番下から男の姿が現れた。
「担架!」
 ハボックは叫んで男の脇にしゃがみ込む。それがついさっき話をした髭面の男だと気づいて眉を寄せた。
「大佐」
 ロイは男を挟んでハボックの反対側に片膝をついて男の様子を見る。男に伸びた二人の手がほぼ同時に止まり、ハボックとロイは顔を見合わせた。
「担架持ってきたぞっ」
 その時そう声が聞こえて、仲間の作業員たちが担架を持ってくる。早くと促すように見つめてくる男たちにハボックはため息をついて言った。
「残念だが、もう」
 その言葉に作業員たちの間に動揺が走る。ハボックがもう一度ため息をついてゆっくりと立ち上がれば、ドタドタとかけてくる足音と同時に声が聞こえた。
「なにをしてる、お前たちッ!」
 ソトは集まる男たちを押し退けるようにしてハボックたちのところへやってくる。地面に横たわる男を見て、一瞬ギクリとしたものの男たちに向かって言った。
「とっとと運び出せ、作業の邪魔だ!ああ、大事な資材をこんなにしやがって……。おい、お前、これを片づけろ!他の奴らはさっさと作業に戻れっ!」
「──アンタ」
 苛々とした様子で指示を喚きたてるソトにハボックが目を吊り上げる。グイとその胸倉を掴んでハボックは言った。
「人が一人死んだんだぞっ、邪魔とはなんだ!それに作業を再開って……っ」
 ふざけるなと、ハボックはソトの襟首をグイグイと締める。長身のハボックに襟首を掴まれ足が地面から浮きかけて、苦しさにソトが何とか逃れようとジタバタとしていると、背後から声が聞こえた。
「現場の監督官が作業を滞らせずに進めようとするのは当然でしょう?」
 その声にハボックが視線を向ければラズナーが立っている。ハボックは投げ捨てるようにソトから手を離すとラズナーを正面から見た。
「人が死んだんですよ」
「不幸な事故です、致し方ない。だからといってこれ以上工期を遅らせるわけにはいかないでしょう?」
「事故?彼はこのひと月休みがないと言ってた。これは単なる事故として片づけていい話じゃないっス」
 ロイと二人睨みつけてくるのをラズナーは鼻で笑う。その人を馬鹿にしたような態度にロイが一歩踏み出そうとするのを押し留めて、ハボックが言った。
「帳簿を見せてください。それとこの工事現場の作業表と勤務表、その他諸々全部。今すぐ!」
 よく通る低い声でハボックが言えば、ソトがおろおろした様子でラズナーを伺う。ラズナーは肩を竦めて言った。
「ご覧になりたければどうぞ」
 ラズナーはフンと鼻を鳴らしてクルリと背を向け行ってしまう。それを慌ててソトが追いかけて行くのを見送って、ハボックはため息をついた。
「大佐」
「遺体を運ぶ準備をして貰ってください、車の手配やらなにやら。オレは資料全部貰ってきます。済んだら一度戻りましょう」
「判りました」
 ハボックの言葉に頷いてロイは残った男たちに指示を与え、ハボックはその場を離れて事務所に向かう。物も言わずに扉を開ければ既に戻っていたラズナーたちが振り向いた。
「出してください、全部。持って帰って詳しく見させて貰います」
 ハボックが言えば、ソトはチラリとラズナーを見たが大人しく抽斗や棚から帳面やら図面やらを引っ張りだし段ボール箱に入れていく。ハボックは詰め終えた段ボール箱を車に運び込んでラズナーを見た。
「また来ます。オレを……失望させないでください、ラズナー少佐」
 そう言ってもなにも答えないラズナーにハボックはため息をつく。そうして指示を終えて戻ってきたロイと一緒に車に乗り込むと走り去った。
「ラズナー少佐っ、いいんですかっ?あのまま帰してしまって!」
 ハボックたちが行ってしまうのを見て、ソトがラズナーの腕を掴んで喚く。ラズナーはそんなソトをジロリと睨むと、腕を掴む手を振り払った。
「帰す?そんなわけないだろう」
 ラズナーは低く囁くと車に乗り込みハボックたちを追って走り出した。


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