見毛相犬2  第二十七章


「思った以上にキツいっスね」
 ハボックが重たい材木を言われた場所に下ろして額の汗を手の甲で拭って言う。やれやれと息を吐き出す様子を見て、髭面の作業員が笑った。
「アンタ変わってるね。今までここに来たお偉いさんは、上の方からチョロッと眺めてすぐ帰っちまう連中ばっかりだったのに」
「はは、オレはちょっと見て全部判るような炯眼を持ち合わせてないっスからね。やってみないと判んないんスよ」
 ハボックはそう言いながら辺りを見回す。資材を運んだり打ちつけたり、それぞれの仕事を黙々とこなす男たちの顔に、さっき思った以上に疲労の色が濃いのを見て眉を顰めた。
「さっき休みがろくにないって言ってたけど、実際どの程度休みがあるんスか?」
「んー?俺はこの一ヶ月休みねぇよ」
「は?」
 男の言葉にハボックが辺りに向けていた目を男に向ける。見開く空色に男が苦笑して言った。
「仕方ねぇよ。休みたいなんて言ったら首になっちまう」
「なんスか、それ。あり得ねぇっしょ、こんな肉体労働で。いつか怪我するっスよ」
「アンタら軍人さんだって似たようなもんじゃねぇの?」
 確かに事件やらなにやらで休めない状況が続くことはある。だが、こんな山間(やまあい)の工事現場での連続労働はかなりの危険が伴うと思えた。
「オレから話しときますよ。幾ら何でも────」
「余計なことせんでくれッ」
 言いかけた言葉を途中で遮られてハボックは目を瞠る。思わず張り上げてしまった声を聞き咎められなかったかと、辺りを見回した男は声を潜めて言った。
「あの監督官、容赦ないんだ。ちょっとでも反抗的な態度を取ろうものなら良くて減給、悪けりゃ首なんだよ」
 実際首になった人間がいるのだと男は言う。男はハボックの肩を押しやって言った。
「アンタも視察したって格好つけられたんだからもういいだろう?向こうに行ってくれ、目ぇつけられちまう」
「あともう一つだけ!ラズナー少佐ってしょっちゅうここに来てんの?」
「あの少佐なら月に二度は来てると思うぜ。もしかしたらもっとかもな」
 男はそう言うとハボックから離れて向こうへ行ってしまう。その背を見送ったハボックが辺りを見れば、何人もの男たちが慌てて目を逸らした。
「……」
 ハボックはボリボリと頭を掻いて歩き出す。工事現場の端まで来ると、眼下に流れる川を見下ろした。
「綺麗なとこなのになぁ」
 広がる景色は美しく、吹き抜ける風は爽やかだ。だが、そこに蠢く人間たちの心は綺麗とも爽やかとも言えないらしい。ハボックが肩を落としてため息をついたとき、背後に人の気配がして声が聞こえた。
「これは独り言なんだ」
 そう言う声にハボックは僅かに目を見開いたものの、振り向くことはせず懐に手を伸ばす。煙草のパッケージを取り出し一本出して咥えると目の前の景色を眺めた。
「工期が遅れてるのは天候が悪かったのもあるが、資材が足りなかったからだ。本来あるべき資材がなかったんだよ」
 それだけ言って足音と共に気配が消える。ハボックは景色を眺めたままプカリと煙を吐き出した。
「そんな事する人じゃねぇだろ」
 たった今聞き得た情報に、ハボックは咥えた煙草をギリと噛み潰した。


「何かいい情報がありましたかな?」
 工事の現場を離れて戻ってくれば、ソトと小声で話をしていたラズナーがそう声をかけてくる。それに肩を竦めてハボックは答えた。
「いや、特には。みんな張り切ってましたよ、久しぶりの大型プロジェクトだって。この橋が完成すればみんなの暮らしが良くなるってね」
「なるほど」
 もっともらしく頷くラズナーをハボックはじっと見つめる。その視線を受け止めて睨み返してくるラズナーに、ハボックは言った。
「ラズナー少佐、オレは初めて貴方の部下として配属去れ時から今も変わらず、貴方が好きだし尊敬してます」
 真っ直ぐに見つめてくる空色は、決してその言葉がおべっかでも嫌みでもないと告げてくる。だが、ラズナーは唇を歪めて笑った。
「そうですか。私は初めて貴方と会ったときからずっと、貴方が大嫌いですよ」
 吐き捨てるように言ってラズナーはクルリと背を向けて言ってしまう。ハボックがハアとため息をついた時、背後から声が聞こえた。
「苛められましたか?」
「大嫌いだと言われちゃいました」
「そんなの今更ですね。判りきっていたでしょう?」
 サラリと言われて振り向いたハボックは恨めしげにロイを見る。その視線を不本意だという表情で受け止めて、ロイは言った。
「それで?大佐」
「少なくとも劣悪な労働状況と資材の横流しの疑いが」
「小さな男だ」
 身も蓋もなくきっぱりと切って捨てるロイをハボックが責めるように見る。だが、「違いますか?」と聞かれれば返す言葉が見つからず、ハボックは黙り込んだ。
「しっかりしてください」
 迷いのない黒曜石がハボックを見つめる。
「そう……っスね」
 その視線を受け止めてハボックは笑みを浮かべた。


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