見毛相犬2  第二十六章


「先ほどは失礼しました。私は責任者のソトと申します」
「どうも」
 ペコペコと頭を下げ続ける男をハボックは辟易とした様子で見つめる。階級が高いハボックを後回しにしてしまったことを延々と詫びるソトに、ハボックは一つため息をついて言った。
「もういいっスよ。別にアンタにもてなして貰おうと思ってきた訳じゃないんスから」
 正直放っておいてくれた方がありがたい。監督官のいない合間に現場の話を聞いてしまおうと思っていたのにと内心思いながらハボックがため息をつけば、ソトはそれが自分への非難と受け取って再び体を二つに折るようにして深々と頭を下げた。
「すみませんッッ!!」
「もういいってば」
 流石にうんざりしてハボックは言うと、ソトを追い払うように手を振って歩き出す。そんなハボックにロイが近づいてきて並んで歩きながら言った。
「珍しいですね、貴方が」
 比較的誰に対しても人当たりのいいハボックがあからさまに不快な表情を浮かべるのを見て、ロイはニヤニヤと笑う。その面白がるような笑みにハボックがため息をつきながらボリボリと頭を掻いた。
「苦手なんスよ、ああ言う人。こんな肩章、大した意味ねぇのに」
 肩についた大佐の肩章を大きな手で押さえてぼやくハボックにロイは苦笑する。彼が大した意味がないというそれを欲っしている人間が軍には沢山いたし、実際すぐそこにいる男もその一人の筈だった。
「意味はないかもしれませんが、使い道は結構あると思いますが」
「少佐」
「違いますか?」
 そう言えば一瞬足を止めたハボックがロイをじっと見る。それから笑みを浮かべて再び歩きだした。
「そうっスね」
 二人はゆっくりと工事の様子を眺めながら歩いていく。少ししてロイが口を開いた。
「工期が遅れているって言ってましたね」
 さっきソトが作業員たちに向かって怒鳴ったことを思い出してロイが言う。それに頷いてハボックが答えた。
「天候が悪かった日が続いて工期がだいぶ遅れてるらしいっス。どうやら本来とれる休みも取らせて貰えない上に、休憩時間も殆どないみたいで」
「本当ですか?」
「ちょっとしか話せなかったからよく判らないっスけど、なんだか大分疲れが溜まってるみたいでした」
 ため息混じりにハボックが言う。それを聞いてロイは眉を顰めた。
「大丈夫なんでしょうか。集中力が必要な危険な仕事でしょう?」
「事故とは呼べない小さなものは既にちょくちょく起こってるらしいっスね」
「大佐」
 ハボックがそんな事を言い出すのを聞いて、ロイが足を止める。数歩進んで立ち止まったハボックが振り向けば、ロイはハボックを見て言った。
「事前に読んだ工事の報告書にはそんな事一切記載がありませんでした」
「報告してないんでしょう。もしくは報告しないよう頼んでいるか」
 そう言うハボックが向ける視線の先を見れば、ソトがラズナーとなにやら話している。その様子を不快げに見たロイが小声でラズナーを罵った。
「少佐ぁ、そんな言葉使うもんじゃないっスよ。女の子がはしたない────イテェッ!」
 思い切り臑を蹴り上げられて、ハボックが悲鳴を上げる。フンッと鼻を鳴らしたロイが、ラズナーとソトを見ながら言った。
「それで?どうするんです?」
「報告を上げときます。でも、出来ればもうちょっとオッチャン達の話、聞きたいっスね」
 ハボックは腕を組んでフムと唸る。作業員達が資材を運び、橋を造るべく地道な作業を続けるのを見つめていたが、不意に上着を脱ぎオーバースカートを外すとロイに手渡した。
「ちょっと行ってきます」
「えっ?ちょ……大佐っ?」
 ドカドカと作業員の一人に近づいたと思うと、ニコニコと話しかけ一緒に作業に加わる姿をロイは唖然として見つめる。少しするとソトが慌てた様子で走り寄ってきた。
「す、すみませんッ!一体なにをなさってるんですかッ?!」
「ああ、視察の時には理解を深めるためにそこの現場に飛び込むのがハボック大佐のやり方なんです」
「でっ、ですがッ」
 にっこりと笑って言うロイにソトがおろおろとする。土を踏む音に目を向ければすぐ側まで近づいてきていたラズナーに、ソトが助けを求めるような視線を送った。
「勝手なことをされて大佐に怪我でもされては困るんですがね」
 その視線に答えてラズナーが口を開けば追従するようにソトがうんうんと頷く。そんな二人に口の()を上げてロイが笑った。
「大佐には大佐のやり方があります。くれぐれも大佐の邪魔をなさらないように」
 短いセンテンスの中で三度も繰り返した大佐という言葉を殊更強調してロイが言う。そうすればラズナーですらウッと黙り込むのを見て、ロイは言葉を続けた。
「それとも大佐が作業員と直接話すと何か不都合な事でもあるんですか?」
「い、いえっ、決してそういう訳ではッ」
 ロイの言葉にソトがハンカチで顔を拭きながら言う。もしかしたらろくな休みも取らせないまま働かせている事以外にも何かあるのかもしれないと、ロイは思った。
「わざわざ視察にきたのですから綺麗な景色を眺めておしまいという訳にもいきませんからね」
 にっこり笑ってそう言うと、ロイはゆっくりと二人から離れた。


「ラズナー少佐、大丈夫でしょうか」
「なにも心配する事はない。いいからオドオドせずに普通にしていろ」
 両手を揉んでおろおろとするソトにラズナーは吐き捨てるように言って離れる。少し高くなった場所に立つと作業員達に混じって仕事をするハボックを見下ろした。
「余計な事を」
 楽しげに言葉を交わすハボックの横顔をラズナーは忌々しそうに見つめる。自分とは違いハボックはいつもいつも人の輪の中心にいた。
「お前みたいな奴が一番嫌いなんだよ」
 楽しげな横顔をもの凄い目つきで睨みながら、ラズナーは呻くように言葉を吐き捨てた。


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