見毛相犬2  第二十五章


「着いたようですね」
 ラズナーの車がゆっくりとスピードを落とし、脇道へとそれていくのを見てロイが呟く。ハボックは対向車も後続車もない道で、律儀にウィンカーを出してラズナーの後に従った。工事の作業員達が使うのだろう、小さな小屋の側の駐車スペースにラズナーが車を停めるのにならってハボックも車を停める。ハボックがエンジンを切りキーを引き抜く合間に車を降りたロイは、ハボックが車からなかなか降りてこないのに気づいて眉を寄せた。
「大佐?」
「ああ、すんません」
 呼ぶ声にハボックが漸く車から降りてきてロイの側に立つ。同じようにして車から降りたラズナーが二人をじっと見ていることに気づいて、ハボックは笑みを浮かべロイは眉を寄せた。
「よろしいですか?ハボック大佐」
「ええ、よろしくお願いします」
 尋ねてくるラズナーにハボックが頷く。二人を連れてラズナーが歩きだそうとすれば、小屋の扉が開いて恰幅のよい男が出てきた。
「ラズナー少佐、遠いところをご足労ありがとうございます」
 男は最敬礼でラズナーを迎えるとなんやかやと話しかけている。その格好からどうやら橋梁工事の現場責任者であるらしいと察して、ロイは眉を顰めた。
「なんなんです、あれは。大体出迎えるならこちらに先に来るべきでしょう」
「あれ?少佐がそんなこというなんて意外っスね。別に順番なんてどうでもいいじゃないっスか」
 相変わらずのほほんとした調子で言うハボックをロイがジロリと睨む。
「貴方がラズナー少佐より軽んじられてるのが気に入りません」
「少佐」
 そう言う理由がどうやらラズナーへの対抗心からきていることに気づいてハボックは苦笑した。
「気にすることないっスよ。彼にしてみれば地元にいて常日頃便宜をはかって貰う相手の方が、余所からやってきてチョロッと覗いていく相手に比べて大事なのは当然っしょ。かえって余計なおべっか聞かずに済むのが助かります。今の内に行きましょう」
 ハボックはそう言ってロイの背を押して促す。ハボックがそう言うのであればこれ以上何か言っても仕方ないと、ロイはハボックに促されるまま建設中の橋へと足を向けた。
「いい眺めっスね」
 緑の山間(やまあい)に流れる大きな川は青く澄んで綺麗な水しぶき上げて流れていく。数種類の木が山の斜面にうねるように模様を描き、枝の間を鳥が高い囀りを上げて飛び立つその美しい自然の中に、なるべく調和を乱さぬ形で人工の大きな建造物は少しずつそのあるべき姿を現しつつあった。
「こんな川に橋かけるんだから、人間の技術ってのも大したもんっスね」
「そうですね」
 感心したように言いながら人々が作業している場所へ歩いていくハボックに、半歩遅れてついて歩きながらロイが答える。途中高い段差があるところでさりげなく差し出された手に、ロイはハボックをじっと見てそれからその手を借りて段差を乗り越えた。
「どうも」
「どういたしまして」
 素直な礼の言葉にハボックがにっこりと笑う。作業員に声が届く一歩手前でハボックはロイに尋ねた。
「錬金術使ったら向こうまで橋架けるの、簡単に出来るっスか?」
「難しいでしょうね。距離がありますから、こちらから橋を伸ばしても対岸に届く前に橋自体の重さで落ちてしまうんじゃないでしょうか」
「なるほど」
「錬金術は万能じゃありませんよ」
 一生懸命に働く作業員達の様子を見下ろしながらロイが言う。その横顔を見つめて、ハボックはにっこりと笑った。
「そうですね」
 それからドカドカと作業用資材の山を乗り越えて、働く男たちに声をかけた。
「こんにちは、調子はどうっスか?」
 突然声をかけられて、驚いた男たちが一斉に二人を見る。ニコニコと笑うハボックと凛とした立ち姿のロイに、顔を見合わせた男たちの一人が前に進み出て言った。
「あー、アンタ達視察に来るって言ってたお偉いさん?」
「別に偉かないっスけど」
 男の言葉にハボックが苦笑して答える。
「工事の様子を見学させて貰いに来たっス。凄い工事っスね」
「まあな。久しぶりの大型プロジェクトだ」
 男は自慢げな笑みを浮かべて頷いた。
「この橋がかかりゃ今までずっと大回りしないと対岸へ行けなかったのが簡単に行けるようになる。この橋にはここいらの生活がかかってんのよ」
 男が胸を張って言えば周りの男達も同調して頷く。その様子に感心したように男達の顔を見ながらハボックは言った。
「凄い工事っスけどその分大変な事も多いっしょ?今日は遠慮なく聞かせてよ。上役の文句もオッケーっスよ?ヤバそうなのはオフレコにしとくから」
 ハボックはそう言いながら男達の間へと入っていく。いつの間にかハボックを中心に男達の輪が出来、楽しげに話を聞くハボックの様にロイは軽く目を見開いて息を吐いた。
「不思議な男だな。なにをするでもないのにいつの間にか人が集まってくる」
 チェンを始めとする部下達然り、新兵然り、ハボックの周りにはいつでも沢山の人間が集まってきていた。
「きっとあの時も」
 ロイがそう呟いた時、ザリと砂を踏む音がしてロイは後ろを振り返った。
「ラズナー少佐」
 楽しげに作業員達と話をするハボックをラズナーが食い入るように見つめている。そのすぐ後から来た責任者の男が話し込む男達に向けて声を張り上げた。
「なにをしているッ!さっさと持ち場に戻れ!そうでなくとも工期が遅れてるんだぞッ!」
 張り上げる声に男達が不服そうにしながらも持ち場へと散っていく。その後に一人残る軍服姿のハボックを見て、責任者の男が慌てた様子でハボックの側へと駆けて行った。そのまま近くへ行くとペコペコしだす男を蔑むように見遣ったロイは視線をラズナーへと移す。ロイが見ている事に気づいたラズナーは、フンと鼻を鳴らすとロイから離れて歩いていった。


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