見毛相犬2  第二十四章


「大佐、こっちです」
 途中の駅から連絡を入れていたのだろう、列車から降りたロイは迷わずにハボックの先に立って歩き出す。その後に着いていけば一台の車の前に男が立って待っている場所に来た。
「マスタング少佐?」
「ああ」
 ロイのことを確認して、男がポケットから車のキーを差し出す。ロイはキーを受け取って代わりに紙幣を何枚か男の手に握らせた。
「車、要らなくなったら適当にしてくれていいから」
「ありがとう、助かる」
 礼を言うロイに軽く手を振って、男は行ってしまう。その姿が見えなくなる前に早々に車に乗り込もうとするロイの手から、ハボックはキーを取り上げた。
「オレが運転しますよ」
「ですが」
「少佐はあちらの対応をお願いします」
 そう言ってハボックが視線で示す先にいた人物に、ロイが僅かに目を細める。さっさと車に乗り込んでしまったハボックとは対照的に車の側に立ったままでいるロイのところへ、ゆっくりと歩み寄ってきたラズナーが言った。
「さっきの列車だと連絡を受けていたのに、姿が見えないから探しましたよ」
 そう言われてもなにも言わないロイに向けていた視線をラズナーは目の前の車に移す。
「これは、私が手配した車ではないですね」
 ラズナーはそう言ってロイを見た。
「なにか不都合でも?」
「出張先では自分の勝手がよい車を使うことにしているので」
「南方司令部では提供された車をそのまま使っていたようですが?」
「運転手付きの車にまで細かく言うつもりはありません」
 無表情に答えるロイにラズナーが薄く笑う。
「なるほど。今回はチェン少尉は一緒じゃありませんからね」
 ラズナーはそう言って運転席に目をやった。
「ハボック大佐が運転なさるので?」
 視線を感じて手を振ってくるハボックに眉を顰めて言うラズナーにロイが答える。
「私の運転ではお気に召さないようなので」
「そうですか。では私の運転など以ての外ですな」
 ラズナーは嫌みったらしくそう言ってロイに背を向けた。
「一緒に乗せてはくれなさそうだ。別の車で先導しましょう」
 肩越しにそう言ってラズナーは歩き出す。その背にフンと鼻を鳴らしたロイは、助手席の扉を開けて中へ滑り込んだ。
「お疲れさまでした」
 労いの言葉をかけてくるハボックをロイはジロリと睨む。
「ずるいですよ、大佐」
「でも、オレじゃあ殴っちゃうかもしれないし」
 ニッと笑ってハボックが言えばロイの眉間に皺が寄った。
「本当にずるいです。少し貴方に対する認識を改めた方が良さそうだ」
「嫌だなぁ、オレはいつだって単純明快な男っスよ」
 そう言いながら十数メートル先で車に乗り込むラズナーに向かって、ハボックはゆっくりと車を進ませる。そんなハボックをチラリと見て、ラズナーの車を見つめたロイはやれやれとため息をついた。


「判ってはいましたがカーブが多いですね。道も狭い」
「そうっスね。まあ、行きはよいよい帰りはなんとやらでしょうから、しっかり道の様子見ててください」
 ハボックに言われずとも辺りの様子に気を配っていたロイだったが、そう言われれば嫌でも緊張してくる。黙り込んで上り坂を上がっていく車の左右を見ていれば、ハボックが言った。
「ああ、でも景色も楽しみましょう。せっかく二人でドライブなんだし」
「……大佐」
 そんなことを言いだすハボックの横顔をロイはジロリと睨む。ロイの視線を感じているのかいないのか、ハボックは視線で山側を示して言った。
「ほら、杏の花が綺麗っスよ。田舎のお袋がね、杏のジャムを作って毎年送ってくれるんス。今年もきっと送ってくるから少佐にも分けてあげますね。パンにつけても旨いし、ヨーグルトに入れてもイケるっスから。あ、そうだ。なんなら杏でケーキ作りましょうか。少佐、甘いもん好きっしょ?」
 まるで本当にドライブを楽しんでいるかのようにそんなことを言うハボックをロイは呆れたように見る。この先の事を考えれば嫌でも緊張してくるものではないのかとロイが言えば、ハボックが答えた。
「まだ始まってないことを色々思い悩んでも仕方ないっスしね。それに」
 とハボックは続ける。
「あの時に比べたら全然楽だ」
 その言葉にロイはハッとしてハボックを見た。
「あの時……どうやって脱出したんです?」
 今は杏の花が咲いているこの場所も、その当時は敵軍が支配しこんな穏やかな風景とは無縁だったはずだ。尋ねてじっと見つめたハボックの横顔がにっこりと笑みに崩れてチラリとロイを見た。
「忘れたっス。オレ、記憶力悪いんスよ。だからしょっちゅうブレダに怒られる。知ってるでしょ?少佐」
 その言葉にびしょ濡れで怒鳴る部下の姿が思い出されてロイはクスリと笑った。
「とにかく今はドライブを楽しみましょう。帰りはこうはいかないでしょうから」
「そうですね」
 登り続ける道の先、カーブで時折見え隠れするラズナーの車の後を追いながら、ハボックとロイは他愛のない会話を交わしていたのだった。


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