| 見毛相犬2 第二十三章 |
| 「大丈夫、大した怪我じゃ……アタタ」 「無理するな、チェン」 勢いよく歩きだそうとして痛みにうずくまるチェンに、ハボックは慌てて駆け寄る。立ち上がるのに手を貸してやれば、チェンが情けなさそうに顔を顰めた。 「すんません、こんな時に役に立てなくて……」 今日からハボックとロイは、クレタ近くの橋梁工事の現場に視察に行くことになっていた。本来ならチェンが同行する予定だったのだが、先日の爆破事件での怪我が思ったより芳しくなく同行は難しくなっていた。 「ちくしょう、一番の山場だってのに」 そう言って顔を歪めるチェンの肩をハボックは叩く。 「いいから。とにかくお前は怪我を治すことを最優先しろ」 「隊……大佐」 チェンは悔しそうにハボックの顔を見つめたが、頭を振って言った。 「俺は一緒に行けませんけど、代わりに隊の中から────」 「そのことだけどな、チェン」 言いかけたチェンの言葉をハボックが遮る。ロイをチラリと見れば軽く頷くのに頷き返して、ハボックはチェンに視線を戻した。 「今回の視察は二人だけで行こうと思う」 「は?なに言ってるんです?そんなわけに行かないでしょう?」 チェンは目を吊り上げてハボックの腕を掴む。 「なにを仕掛けてくるか判らないんですよ?味方は多い方がいい。小隊丸々一個連れていって欲しいくらいです。それに運転手だっているでしょう?」 「なにを仕掛けてくるか判らないからこそ少佐と二人で行きたいんだ。運転ならオレも少佐も出来るしな」 「でも!」 「チェン、オレが単独行動の方が得意なの、知ってるだろ?」 そう言われてチェンは口を噤む。部隊を纏めあげ適任者を最適の場所へ配置する能力以上に、ハボックが単独行動に長けていることをチェンはよく知っていた。一つため息をついてチェンは目を閉じる。こうなった時のハボックが絶対後に引かないことも、チェンは嫌と言うほど判っていた。 「マスタング少佐」 チェンは目を開くとロイをじっと見つめる。先を促すように見つめてくる黒曜石を見つめながら続けた。 「大佐のこと、よろしくお願いします。どうやらスイッチが入ったみたいですけど、これはこれで結構厄介なんで」 「おい、チェン」 相変わらずな元部下の言葉にハボックは顔を顰める。情けなく眉を下げるハボックをチラリと見て、ロイは頷いた。 「判っている。大丈夫だ、任せてくれ」 そう言いながらロイの脳裏に浮かんだのは、穴の開いた天井から降り注ぐ大量の水だった。その後のブレダとハボックのやりとりまでが思い出されて、ロイはクスリと笑った。 「あ、嫌な笑い」 その笑いを見咎めてハボックがムッとする。そんなハボックをチラリと見て、ロイは言った。 「大丈夫だ、あまり無茶しないようリードはしっかり握っておくから」 「よろしくお願いします」 「ちょっと!」 ロイの言葉にチェンがペコリと頭を下げる。ハボックはそのチェンを押しやるようにしてロイを睨んだ。 「リードってなんスか、リードって!」 「まあ、いいじゃないですか、大佐。とにかく少佐に迷惑かけないようにしてくださいよ」 チェンはそう言ってハボックの腕を叩く。傷の痛みを堪えて笑みを浮かべるチェンに、ハボックは言いたいことをグッと飲み込んだ。 「迷惑なんてかけるかよ」 「サインする書類もないですしね」 「あっ、それ今言う?」 サラリと入ったロイの言葉にハボックが口をへの字にする。不貞腐れて二人から離れた窓枠に懐くハボックに、ロイとチェンは顔を見合わせて笑った。 「よろしくお願いします、少佐。お気をつけて」 「ああ、任せてくれ」 チェンの言葉に頷いてロイはハボックに近寄る。 「いつまでいじけてるんです?早くしないと列車に間に合いませんよ」 そう言ってロイがハボックの耳をグイと引っ張ればハボックが悲鳴を上げて窓枠を離した。 「じゃあ行ってくるよ、チェン少尉」 「いってらっしゃい」 にっこり笑うロイに引きずられるハボックと二人、司令部を出ていくのをチェンはじっと見送った。 「まだ耳が痛ぇっス」 現地の最寄り駅までの列車に揺られながらハボックが言う。わざとらしく耳を押さえるハボックには知らんぷりで、ロイは言った。 「駅までは三時間ほどです。そこから現地までは車で」 「ラズナー少佐は先の列車で行ってるんスよね?」 「ええ。大佐をお迎えする準備があるとか」 なんの準備なんだか、と吐き捨てるようにロイが言うのを聞いて、ハボックがクスリと笑う。ジロリとロイに睨まれて、ハボックは慌てて笑いを引っ込めた。 「車は用意されたものを使わない方がいいでしょう」 「妙な細工をしているかもしれないって事っスか?」 ロイの言葉にハボックが眉を寄せる。 「現地は山の中です。切り立った崖や急カーブも多い。ブレーキに細工でもされたら堪りません」 「そこまでするかな」 「大佐」 ピシリと名を呼ばれてハボックは苦笑する。 「すんません、願望でした」 そう言ってハボックは窓の外へと目を向けた。 「早くイーストシティに帰りたいっスね。今なら幾らでも書類にサイン出来る気がするっスよ」 「それは急いで帰らないとですね。きっと今頃山ほど書類が溜まっているでしょうから」 「…………やっぱチェンの怪我が治るまでいようかな」 情けなく眉を下げるハボックを見ながら、ロイは続く線路の先で二人を待ち受ける男に考えを巡らせていた。 |
| → 第二十四章 第二十二章 ← |