見毛相犬2  第二十一章


「……起爆装置?」
「多分」
 ハボックはそう言って手にした金属の欠片をロイに渡し、再び瓦礫を掘り返し始める。その時、足音がして先の通路に逃げていた新兵たちが戻ってきた。
「大佐、これは演習の一部ですか?」
 リュウがそう尋ねてくるのを聞いて、ロイはハボックを見る。瓦礫を掘り返す手を止めて少し考えたハボックは、立ち上がると新兵たちを見回した。
「仕掛けた火薬の分量に誤りがあったらしい。とりあえず今日の演習は中止だ。詰め所に戻って次の指示を待つように。ああ、その前に、怪我人はないな?」
「ありません。その……俺たちみっともなく逃げちまって」
 土埃塗れのハボックとロイを見て、項垂れるリュウたちにハボックが言う。
「構わない。逃げろと言ったのはオレだしあそこは逃げる場面だった。誰も怪我していないなら合格点だ」
「大佐」
 言ってニッと笑ってみせるハボックに新兵たちがホッと息をついた。戻れと手を振られてハボックとロイに敬礼を寄越すと、新兵たちはぞろぞろと演習場を後に戻っていった。
「今日の演習に建物の爆破は入っていません」
 新兵たちの姿が見えなくなるとロイが言う。再びしゃがみ込んで瓦礫を引っかき回し始めるハボックを、ロイは苛々と見つめた。
「大佐」
「判ってるっスよ」
 ハボックはそう答えて瓦礫を探る手を止める。
「アイツらを脅かしてくれてありがとうございます、少佐」
「あれは咄嗟に」
 錬金術の焔で爆音を起こした事に礼を言われたロイが言いかけた時、ジャリと瓦礫を踏む音がして二人はハッと顔を上げた。
「ラズナー少佐」
「怪我の一つもないとは、相変わらず悪運が強い事だ」
「ッ?!」
 そう言うのを聞いてロイが一歩踏み出す。その腕を掴んで立ち上がったハボックが、ロイを押し退けるようにしてラズナーと向かい合った。
「……何故っスか?あなたの部下っしょ?」
「どうせろくに使えん連中だ。逃げ足だけは早いのは一緒ですな、ハボック大佐」
「ラズナー少佐……」
 質問の主旨をぼかした問いかけに返された嘲るような言葉にハボックが目を見開く。何か言おうとハボックが口を開こうとした時、新たな爆音が響いた。
「ッ?!……チェンっ?!」
 爆音が聞こえた方角がテロリスト役のチェンたちの部隊がいる方だと気づいたハボックが、弾かれたように走り出す。それを追おうとしてロイは、ラズナーのすぐ側で足を止めた。
「後悔しますよ、ラズナー少佐」
 相手を敵だと見定めてロイは低く言う。ラズナーからの返事を待たずにロイはそのままハボックを追って走り去った。
「後悔するのはそっちだ、ロイ・マスタング」
 走り去る背に低く呟いて、ラズナーはその場を後にした。


「チェンッ!!」
 大きく崩れた建物を前に顔色をなくしたハボックが叫ぶ。中へ入っていこうとするハボックを追いついてきたロイが腕を引いて止めた。
「待って!ちゃんと安全を確認してからでないとっ」
「そんな事してる暇ねぇっス!」
「大佐!」
 掴んだ手を振り解いてハボックが中に入ろうとした時、ドンッと短い爆音がする。ハッとした二人が見上げた建物がガラガラと音を立てて崩れようとするのを見て、物も言わずに飛び込もうとするハボックをロイがしがみついて押しとどめた。
「離せッ、ぶっ飛ばすぞッ!!」
「ぶっ飛ばされても離しませんッ!!」
 しがみついたロイを引きずってハボックが歩こうとする。全体重をかけてしがみついていたロイが視線を上げた先に、大きな塊が降ってくるのが見えた。
「ッ!!」
 反射的に腕を弛め発火布をはめた手を翻す。ロイの焔は落ちてきた塊を吹き飛ばすと同時に引き起こした風で、引き留める腕が弛んで走り出したハボックと建物そのものも吹き飛ばした。
「ッッ!!」
 ゴロゴロと地面を転がって顔を上げたハボックは建物が大きく崩れているのを目にする。発火布の手を掲げたまま息を飲むロイを振り返って、ハボックは怒鳴りかけた言葉を飲み込んだ。
「少佐、アンタ────」
 グッと唇を噛み締めてハボックは建物に向き直ると走りだそうとする。ロイは翻るハボックのオーバースカートを引っ掴んだ。
「少佐ッ」
「行かせないって言ったでしょうッ!」
 そう怒鳴るロイの腕をハボックが掴む。掴んだその腕をたぐり寄せるようにして引き寄せた綺麗な顔にハボックが拳を振り上げた時、大きな音を立てて建物が崩れた。
「ッッ!!」
 声もなく崩れた建物を見つめていたハボックがガックリと膝をつく。その傍らで呆然としていたロイは、建物から少し離れた所に動く影に気づいて指さした。
「大佐、あれ!」
 その声にハボックがのろのろとロイが指さした方を見る。その先にいるのが埃塗れのチェンたちだと気づいて、飛び上がるように立ち上がった。
「チェンッ!!」
 互いに互いを支えあうようにして現れたチェンたちにハボックとロイが駆け寄る。ハボック達の姿を見て安心したのかチェン達はよろよろと座り込んだ。
「大丈夫かっ?」
「はは……なんとか」
 ハボックが顔を覗き込んで尋ねればチェンが苦笑して答えた。
「逃げ足は隊長に散々鍛えて貰いましたから」
「こいつ」
 そんな事を言うチェンの頭をハボックが抱え込む。痛いと喚くチェンをギュッと抱き締めてホッと息を吐いた。
「よかった、本当に」
「いててッ!隊長っ、本当に痛いって!マスタング少佐っ、何とか言ってやってくださいッ!」
 ギュウギュウと抱き締められて、チェンがロイに助けを求める。
「痛いのは生きてる証拠だよ、少尉。大佐に君が生きているってことをよく判らせてやってくれ」
「ええっ?!なんですか、それっ」
 ギュウギュウ抱き締めるハボックと痛いと喚くチェンと、多少の怪我はあるものの大事ない様子の部下達を見まわして、ロイは漸くホッとして笑みを浮かべたのだった。


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