見毛相犬2  第二十章


「始まったっスね」
 櫓の手すりに寄りかかるようにしてハボックが言う。二人が見つめる先で模擬市街地の端に展開した新兵の部隊がゆっくりと動き出していた。
「まあ、今回の演習は今までやったことのお浚いみたいなもんだし、特に難しいこともないっしょ」
「ラズナー少佐はかなり怒っていたようですがね」
 体調不良で演習に参加出来ないでいるハボックが、自分を慰めるように言えばロイが一言言う。それを肩を落として聞いたハボックは、チラリとロイを見て言った。
「やっぱ怒ってたっスかね」
「ええ、とても」
 そう言われてハボックは大きなため息をつく。ボリボリと頭を掻いてハボックが言った。
「こんな情けのない奴は気にするに値しないっていい加減思ってくれないかなぁ」
 そう言ってだらしなく手摺りに凭れるハボックをロイはじっと見つめる。確かに普段のハボックはやる気の欠片も見せず、ヘラヘラとしてとても有能な兵士には見えない。だが、ひとたびスイッチが入ればどれほどの能力を持っているのかを知ってしまえば、それは十分嫉妬の対象になるに違いなかった。特にラズナーのように真面目一辺倒のような男には、ハボックの存在は目障りで仕方ないだろう。だが、ハボックにラズナーの気持ちを判れと言ってもきっと全く理解できないに違いない。
「その点では私の方がラズナーに近いかもしれないな」
「え?なんか言ったっスか?」
 ぼそりと呟けばそれを聞きとがめたハボックにロイは小さく首を振る。おそらくハボックとラズナーが互いに判りあう日など一生来ないに違いない。ロイがハボックに気づかれぬよう小さくため息をついた時、ハボックが新兵が展開している道路のすぐ側にある建物を指さした。
「あそこ、なんか変じゃねぇっスか?」
「変?どこです?」
 言われてロイはよく見ようと手摺りから身を乗り出す。
「よく判りませんが」
「変スよ、なんか歪んでる」
 ハボックはそう言うと櫓に取り付けられている無線機に飛びついた。
「連中とこの周波数、幾つでした?」
「395です!」
 ハボックはロイの言う番号に合わせるとマイクに向かって怒鳴った。
「おいっ、そこの建物から離れろッ!」
『えっ?ハボック大佐?』
「その声、リュウかっ?今すぐそこから離れるんだッ!」
『でも』
「大佐っ、煙が上がってます!」
「えっ?!」
 手摺りから部隊の方を見ていたロイが大声を上げるのを聞いて、ハボックはマイクを手にしたまま振り向く。変だと言っていた建物から細く煙が上がっているのを見たハボックは、マイクを投げ捨て手摺りに駆け寄りそのままの勢いで手摺りを飛び越えた。
「なっ?!」
 ギョッとするロイの目の前にヒュッと延びてきたワイヤーが手摺りに巻き付く。それに掴まり一気に地上に降りたハボックに付き従うように、巻き付いたワイヤーがシュルンと解けるのを見てロイは慌てて手を伸ばした。
「あっ、解くなッ!」
 だが、ロイがワイヤーを押さえるより前にワイヤーが解けてハボックの元に帰っていく。ロイはチッと舌打ちすると梯子の方へ回った。
「まったくッ」
 どうせなら自分が降りてから解いてくれればいいものを、とロイは半ば落ちるように梯子を降りるとハボックの後を追う。直線距離でいけない分、櫓から見ていたときより遠い距離を走って角を曲がった時、ハボックの声が響いた。
「いいから引き返せッ!いや、いい、一気に走り抜けるぞッ」
「大佐っ」
 突然のことに戸惑う新兵と珍しく焦った様子のハボックを見て、ロイは発火布をはめた手を翻す。その指先から真上に迸った焔が花火のように宙で爆発した。
「走れッ!」
 ドンッという音に弾かれるように新兵たちが一斉に先の通りに向かって走り出す。その時、パラパラと上から降ってくる欠片にロイはすぐ脇の建物を見上げた。
 ゆっくりと、まるで剥がれ落ちるように崩壊する建物。目を見開いて崩れる建物を見つめるロイの腕を誰かがグイと引いた。
「ッ?!」
「少佐っ、こっち!」
 新兵たちの後を追わずにハボックはロイ共々すぐ脇の建物の中へと飛び込んだ。
「大────」
「頭引っ込めてッ」
 振り向こうとするロイの背後からハボックが圧し掛かるようにロイを庇う。直後に耳を劈く轟音と多量の土煙が辺りを支配した。
「ッ!!」
 ピシピシと厚い軍服に細かな破片が当たるのを感じて、ロイは息を詰める。やがてゆっくりと土煙が晴れて、ロイは詰めていた息を吐き出した。
「大佐っ?大丈夫ですかっ?」
 ロイは背後から覆い被さってくるハボックを肩越しに見上げる。だが、ハボックはロイに答えずに立ち上がると崩れた建物へ向かって駆けていった。
「大佐!」
 ハボックを追ってロイも瓦礫と化した建物へと向かう。ガラガラと瓦礫を掴んでは放り投げるハボックの側に駆け寄りロイはハボックの顔を覗き込んだ。
「なにをしてるんです?大佐っ」
「証拠ッ」
 ハボックは叫びながら瓦礫をかき分ける。
「あの崩れ方ならこの辺りに仕込んでる筈なんスよっ」
 ガラガラと瓦礫を放り投げていたハボックの手がピタリと止まった。
「大佐」
「これ」
 ハボックは瓦礫の中から拾い上げたものをロイに差し出す。ハボックの手のひらに載っていたのは小さな金属の欠片だった。


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