| 見毛相犬2 第十八章 |
| 演習を終えたラズナーは足音も荒く廊下を歩いていく。胸の内にフツフツと煮え滾る怒りが今にも唇から零れてしまいそうで、ラズナーは向かう先を己の部署から射撃訓練場へと変えた。広い訓練場ではこの時間誰の姿もなく、ラズナーは中央のブースに入る。銃をとりマガジンを確認すると両手で的に向けて構えた。 「────」 ガンガンッッと続けざまに撃った弾は的の中央付近を撃ち抜く。三度弾を籠め直して続けざまに撃ったところで、ラズナーは銃を手にした腕をダラリと下げた。 「気に入らん。何もかも気に入らんッ!」 そう呟いてラズナーは再び的を撃ち抜く。撃っても撃っても怒りは一向に収まらず、むしろ益々グラグラと煮え滾っていくようだった。 「ハボックめ……」 呻くように口にすれば的の上に人懐こい笑みを浮かべたハボックの顔が浮かび上がる。その顔を見た途端、ラズナーは獣のような咆哮を上げて全弾を撃ち尽くした。 「……ッッ」 ハアハアと肩で息をしてラズナーは構えていた銃をおろす。的を睨んでいた視線を足下に落とし、閉じた瞼をラズナーは指でそっと押さえた。 あの日、敵に町を包囲されたと判った時、ラズナーの心を占めたのは押さえることの出来ないほどの恐怖だった。指示を仰ぐべき上官は自分たちを見捨てて逃げ去り、残されたのは僅かな兵士と泣き喚くことしか能がない住民たち。このままここにいれば確実に殺されてしまうと思ったラズナーの心に沸き上がったのは、とてつもなく大きな怒りだった。 己を見捨てて逃げた上官への怒り。自分では何も出来ないくせに何とかしてくれと泣きつく住民への怒り。そしてなにより、この先のアメストリスの未来を担うべき己の才能がこんなちっぽけな町で潰されてしまう事への怒りだった。その才能はこんなちっぽけな田舎の町の住人の命などとは比べものにならない程アメストリスにとっては重要であるはずで、そうであるなら住民を見捨てても己の命を守るのが軍人としての責務と思えた。 (そうとも、私はあんな田舎の町の住人を守るために死ぬような人間ではないのだ。あんな奴ら、見捨てて当然だったんだ) ラズナーは自分に言い聞かせるようにそう考える。見捨てた事にも自分一人逃げた事にも罪悪感など感じる必要はなかったのだとこれまでしたきたのと同じように自分に言い聞かせた。だが。 『ハボック少尉が町の住人連れて脱出したって』 いつもいつもヘラヘラとした笑いを浮かべていた部下。多少の身体能力は持っていたが、見捨てたところで誰もその死を惜しむ者はいないと、その程度と思っていたハボックが町の住民をただの一人も欠けさせることなく敵に包囲された町から脱出した。そう聞いた時はとても信じられず、何かの間違いではないかと思った。それ故ハボックが前と変わらぬ笑みを浮かべて己の前に現れた時のショックはあまりにも大きかった。ハボックは決してラズナーを責めなかったが、その日以来ハボックはラズナーにとって恐怖の対象となった。変わらぬ笑みがラズナーの度量の小ささと才能のなさを嘲笑うものとラズナーの目に映った。振り向けばハボックがいつでもラズナーを見下して嗤っていると思った。己が見下した相手が己を見下し嘲笑っていると感じた時の怒り。それは意識しないままラズナーが抱え込んでいた罪悪感と劣等感を刺激し、それはそのままハボックへの憎しみに取って代わった。 「目障りだ……目障りなんだよッ!!」 ラズナーは低く呻くと銃を持ち上げ的を撃ち抜く。どんなに撃っても目の前から消えないハボックの顔をラズナーは昏い瞳で睨みつけた。 「消えないなら消してやるまでだ」 ハボック大佐などアメストリスに必要ない。なにより己の心の安寧を得るためには邪魔でしかないのだ。 「あの小生意気な少佐共々アメストリスから消し去ってやる」 ラズナーはそう呟くと射撃場から出ていった。 「少佐ぁ、あと何となにやったらイーストシティに帰れます?」 あてがわれた部屋のソファーにだらしなく腰掛けてハボックが言う。ロイはここでのスケジュールが書かれたファイルを広げると上から順に読み上げた。 「本日はこれから会議が二つ。その後六時から市議会の議長との会食が入ってます。明日は午前中いっぱい会議、その後昼からチェン少尉の部隊と模擬市街地での実践演習に参加する新兵の様子を見て、四時からまた会議です。夜は昼の実践演習の反省会を兼ねての会食。翌日は視察ですね。それから」 「も、いいっス」 つらつらと淀みなくロイがスケジュールを読み上げるのをハボックは片手を上げて遮る。ロイが口を噤むのと同時にハアアと深いため息をついた。 「もう帰っちゃ駄目っスか?」 「大佐」 「どうせ会議出たって誰もオレの意見なんて期待してないし、チェンたちとの演習は面白そうだけど新兵も一緒って事はラズナー少佐も一緒って事っしょ?視察も別にオレじゃなくたって他に適任者が幾らでもいるじゃないっスか」 もう、メンドクサイとズルズルとソファーにヘタリ込むハボックを見ながらロイはファイルをパタンと閉じる。 「それで?尻尾巻いて逃げ帰るんですか?」 「ラズナー少佐だって、オレが今回のスケジュールすっぽかして帰っちゃえば、少しは溜飲を下げてもうこれ以上絡まないでくれますよ、きっと」 「そうでしょうか」 ラズナーのハボックに対する態度は、ただハボックを嫌っているだけと済ませてしまうにはいかないような気がする。 「忘れたんですか?彼は貴方に薬を盛ったんですよ。あの時は流石に大佐も怒っていたじゃないですか」 正直仕掛けられた行為の内容を考えれば、もっときちんと調べ上げて然るべき措置を行ってもいい筈だ。そう言うロイをハボックはチラリと見上げる。それからそっとため息をついた。 「オレ、ラズナー少佐は苦手だけど嫌いじゃないんス。だからなるべくあの人の気に障らないように過ごして、静かにイーストシティに帰りたいんスよ」 「大佐がそう思っていても、向こうがそう思っているとは限りません。チェン少尉だって言っていたでしょう?相当恨みを買ってるようだと」 「でもオレ、なんもしてないっスよ?そりゃあの人の部下でいた頃はオレの緩い性格が少佐のこと怒らせてばっかいましたけど、そこまで恨まれるようなことなんも!」 「大佐」 ソファーに身を起こして珍しく声を荒げるハボックをロイはじっと見下ろす。色合いの全く違う視線が絡み合って、先に目を逸らしたのはハボックの方だった。 「もう判ってるんじゃないですか?」 そう言われてハボックはソファーにドサリと身を預ける。 「オレ、本当はあのボルダリング勝負、怖かったんス。もしホールドが弛められてたりしたらって。でも、そんな事はなかった。だからラズナー少佐とはまだ────」 「大佐」 静かなロイの声に遮られてハボックは口を噤む。それから大きなため息をついた。 「なんでこうなっちゃったかなぁ。大佐なんてやめたい」 ソファーの上に足を引き上げて子供のように小さく丸まるハボックに、ロイは一つため息をつくとその金髪を優しく撫でた。 |
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