見毛相犬2  第十七章


「うわ、どっちが先だ?」
「二人ともすっげぇ速い!」
 ロイが短い時間で拾得した技術を、ラズナーが持ち前のリーチを、それぞれが持てるものを最大限に利用してすごい勢いで壁を上っていくのを見ていた新兵たちの間でざわめきが起こる。ゴールへの最後のホールド数個を一気に攻略した二人が伸ばした手が、色付きのホールドを掴み体を引き上げそれを追うようにもう一方の手もゴールのホールドを掴んだ。
「はーい、そこまでー」
 二人の両手がゴールのホールドを掴んだのを見て、ハボックがパンパンと手を叩く。それを聞いて、ロイとラズナーはパッと互いを見、それからハボックを見下ろした。
「お疲れさまでしたー。ゴールでーす」
 ニコニコとそう言いながらハボックがパチパチと手を叩く。そうすれば新兵たちもハボックに習って手を叩いた。
「じゃあお二人とも、下りてきて───」
「「大佐!」」
 ニコニコと笑いながら言いかけたハボックをロイとラズナーの声が同時に遮る。思わず顔を見合わせて、それから二人はハボックを見た。
「「勝ったのはどっちですッ?!」」
 同じ台詞を同じタイミングで口にして、二人はムッとして互いを見る。壁の一番上で睨み合う二人に、ハボックが苦笑して言った。
「まあまあ、とりあえず下りて―――」
「「大佐ッ!!」」
 言いかけた途端二人に怒鳴られて、ハボックは「怖ッ」と呟く。それでも勝ち負けをつけなければ下りてはこないらしいと、ハボックは新兵たちを見回した。
「多数決で決めまーす。マスタング少佐とラズナー少佐は下を見ない!」
 そう言われて二人の少佐は一瞬目を見開いたものの渋々と顔を壁に向ける。二人がこちらを見ていないのを確認して、ハボックは改めて新兵へと向き直った。
「はい、じゃあマスタング少佐が先にゴールしたと思う人、手ぇ叩いて」
 ハボックの言葉に新兵たちは互いに顔を見合わせてパチパチと手を叩く。
「じゃあ、ラズナー少佐だと思う人」
 そう言えばロイの時とさほど大きさの変わらない拍手が響いた。
「ということで、この勝負、引き分けでーす」
 のんびりとしたハボックの声が演習場に響くのを聞いて、顔を見合わせたロイとラズナーは次の瞬間、フンッと顔を背けた。


「お二人ともお疲れさまでしたー」
 ほぼ同時に二人が地面に足をおろすと、背後から能天気な声と共にパチパチと手を叩く音がする。パッと振り向いた二人の少佐にもの凄い目つきで睨まれて、ハボックは浮かべた笑顔を引き攣らせた。
「ええと、あー、それじゃあお前らも壁に挑戦して貰おうかなっ」
 慌てて新兵たちの方へ顔を向けてそう言ったものの二人の視線が背中にブスブス突き刺さるような気がする。それでも少しするとラズナーは新兵の指導に向かい、刺さる視線の分量が半分に減った。それと同時に近づいてきた気配がハボックの手から上着とオーバースカートをひったくる。チラリと見れば奪ったオーバースカートをつけるロイがツンと顔を背けるのが視界に入って、ハボックは顔を引き攣らせた。
「あ、オレも奴らの指導、してきますねッ」
 早口でそう言うとそそくさと逃げるように新兵たちの方へ走っていくハボックの背をロイは睨みつける。
「あのクソ大佐」
 後で絶対ブン殴るとロイはそう思いながら巨大な壁を見上げた。


「お疲れさまでした、少佐」
 演習を終えて廊下を歩きながらハボックが言う。ニコニコニコといつも以上に笑顔を浮かべるハボックを、ジロリと見上げてロイは言った。
「よくも私を巻き込みましたね?」
「最初にボルダリングをやってみせろって言ったのはラズナー少佐っスよ」
「競争なんてさせて」
「あれ?自信なかったっスか?」
 キョトンとしてさも意外だという風に言うハボックに、ロイは思わず足を止める。つられて足を止めたハボックは、真っ直ぐ正面を見つめたまま何も言わないハボックに小首を傾げた。
「少佐、どうかした────」
 言いかけたハボックの足をロイは思いっきり踏みつける。持ち上げた足でガンッと音が出るほど力一杯踏まれて、軍靴の厚みですら吸収出来ない衝撃にハボックは息を飲んで飛び上がった。
「イッテェェェッッ!!」
 廊下の真ん中でピョンピョンと足を抱えて飛び上がるハボックを、行き交う軍人たちが奇妙なものを見る目で見つめる。フンッと鼻を鳴らしてさっさと歩き出すロイをハボックは飛び跳ねながら追いかけた。
「ヒドイっス、少佐ぁ」
 涙目でそう言うハボックをロイがギロリと見る。また何かされるかとビクつくハボックにロイは言った。
「自信がないなら勝負など受けません。そもそも自信があるなしの問題じゃない」
「ああいう場面で少佐なら自信なくても受けるっしょ?」
 そう言われてロイが目を瞠る。見開く黒曜石を見つめてハボックはにっこりと笑った。
「よかったっスね、負けなくて」
「当たり前です」
 ロイはプイと顔を背ける。そのまま歩いていたロイがボソリと言った。
「始める前に仰っていたこと、色々参考になりました。ありがとうございます」
 言われてハボックは一瞬驚いたようにロイを見る。こちらを見ないロイの耳が紅く染まっているのを見て、ハボックは笑みを浮かべた。
「お役に立ててよかったっス。でも、あの状況で冷静にデータを参考にして的確に判断出来たのは少佐だからっスよ」
 そう言われてロイは僅かに目を見開いたが特にはなにも言わなかった。
「あともうちょっとっスね。頑張りましょう、少佐」
「主に頑張るのは貴方ですよ、大佐」
 いつもの調子に戻ったロイにそう返されて、ため息をつきながらハボックはちょうどたどり着いた部屋の扉を開けた。


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