見毛相犬2  第十五章


「これ、設定したのはラズナー少佐っしょ?だったら先にマスタング少佐がルート選んでもいいっスよね?」
「それくらいのハンデ構いません。時間差もつけましょうか?」
「そうっス───」
「その必要はありません」
 自信満々のラズナーに答えかけたハボックの言葉を遮ってロイが言う。フンとそっぽを向いて立っているロイを見て、ハボックはクスリと笑った。
「ほんと負けず嫌いっスねぇ」
 そう呟いた途端ロイにジロリと睨まれて、ハボックは慌てて視線を逸らす。これ以上ロイに睨まれる前にと、ハボックは壁の前に歩み寄ると振り向いて皆を見回した。
「じゃあこれからラズナー少佐とマスタング少佐によるボルダリング競技を始めます。ルールは同時にスタートして一番上の青と赤のホールドに先に到達した方が勝ち。いいっスね?」
 ゴールが判るようにと一番上に幾つか色の付いたホールドを指さしてハボックが言えば、ラズナーとロイが頷く。二人に頷き返してハボックは新兵たちに言った。
「お前たちは二人のやり方をよく見ておくように。身長やリーチの違いや体のバネをどう使うか。参考になることはいっぱいあるからな。後でお前らにもやって貰うから、そのつもりで盗める技術は盗むように。いいな?」
「「イエッサー!」」
 珍しくまともな事を言うハボックにロイは僅かに眉を跳ね上げる。それでも一見しては無表情を装って、壁を見上げた。
「私はいつ始めて貰っても構いません」
「私も準備オッケーです」
「ではスタート位置について下さい」
 二人が言うのに答えてハボックが指示する。そうすればロイとラズナーは両手でホールドを掴み、足を地面からあげて壁に張り付いた。
「じゃあ、行くっスよ。3、2、1、Go!」
 言うと同時にハボックが腕を振り下ろすのを合図にロイとラズナーはほぼ同時に壁を登り始める。ハボックが言っていた通り壁の右手から攻め始めたロイは、まずは手近のホールドに手を伸ばした。
 壁に取り付けられたホールドは大きさも形もまちまちだ。細長いものもあれば丸っこいものもあり、斜めを向いていたり下の方が窪んでいたりと、単純に掴むのでは上手く体が支えられないようになっていた。
「フッ」
 薄く開いた唇から息を吐き出してロイは掴んだホールドを使って体を引き上げる。下からシャッターを上げる要領で掴んだホールドを臍の下辺りに来るように持てば、さほど力を入れずに体を支える事が出来た。
(なるほど。確かに思ったよりも力を入れずに体を支えられるようだ)
 梯子を上れるくらいの力さえあれば大丈夫だとハボックが言っていた意味が、実際にやってみると判ってくる。それでも時間をかければ体重を支える腕に負担がかかってくる筈で、やはりスピードも大事なのは確かなようだった。
(それが判っていて競争などと言い出したのか?)
 余計な事を考えるより、かえって見えるものから瞬時に判断する方が良い場合もある。それが判っていてラズナーとの勝負を持ちかけたのかもしれない。そんな事を考えてチラリと下を見れば楽しそうに見上げているハボックが目に入って、ロイは眉を顰めた。
(……なんだかムカつくぞ)
 のほほんとして見えるものの、その実ロイの事もラズナーの事も思うように手玉にとっているのはハボックなのではないだろうか。
(躾るのは私だ)
 ロイはそう思いながら次々とホールドを辿って上へ上へと登っていく。途中から左へと進路を変えて進んでいったロイは次のホールドへの距離が思ったより離れている事に気づいた。
(なんて言っていた?ホールドに足を乗せる必要はないだとか、スクワットの要領だとか……)
 ヒントのようにハボックが言っていた事をロイは思い出す。ホールドに乗せていた足を擦り上げるようにして壁に押し当てると、進みたい方角とは反対の方へグッと体を引いた。
「ハッ!」
 短いかけ声と共に体の反動を使って壁を蹴り、上のホールドを掴む。
(よし)
 ロイは右左右左と手足を動かして順調に壁を登っていった。


(思ったよりやるじゃないか)
 チラリと横を見たラズナーはロイが己と変わらぬ速さで壁を登っている事に気づいて目を細める。それでもこの訓練はラズナーが最も得意としていたものだったし、たとえ相手がハボックでも負ける気はしなかった。それがロイなら言わずもがな、だ。
(あんな細っこいなりで。錬金術師でなければ少佐の肩章なんぞつけることも出来なかっただろうに)
 秀麗なロイの横顔を睨んでラズナーは思う。
(ふん、後半力つきて動けなくなる)
 ここのホルダーはリーチとテックニックがなければ届かないようになっているのだ。
(壁に張り付いて身動きできずに無様な姿を晒せばいい)
 意地の悪い笑みを浮かべて、ラズナーはホールドを掴んだ手で体を引き上げた。


「ん、順調順調。流石マスタング少佐」
 ほぼ並んでスイスイと壁を登っていくロイとラズナーを見上げながらハボックは呟く。
「オレが言ってたことしっかり聞いててちゃんとやってみせるもんなぁ」
 少し離れた場所にあるホールドを体の反動を使って掴むのを見て、ハボックは感心したように言った。
「ああいう真面目なところがいいよね」
 どうにも自分とは全く違う生真面目な性格のロイは、ハボックにとってなくてはならない存在だと思う。
「さて、後はあの辺りをどう攻略するか、だな。頑張ってくださいね、少佐」
 大して心配した様子もなく、ハボックは楽しそうに言ってプカリと煙草の煙を吐き出した。


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