| 見毛相犬2 第十四章 |
| 「ボルダリング、やったことあるっスか?」 「障害を越える訓練なら新兵の頃にやらされましたが、こういったのはあまり」 ハボックに聞かれたロイは、あちこちに大小様々な形の石を模したホールドがついている大きな壁を見上げながら答える。ほぼ垂直の壁は上に行くに従って手前の方に倒れるように斜めになっていた。 「ちゃんとトレーニングしてるんでしょ?なら大丈夫っスよ」 確かに軍人としてすぐさま前線に立てるよう、日々の鍛錬は怠っていないつもりだ。だが、こんな壁を腕の力だけで上れるのか、正直やってみないと判らなかった。 「大丈夫、これ、梯子が上れるくらいの力があればいけますから」 「梯子?そんな事はないでしょう?」 梯子が上れる程度の力で上っていけるとは到底信じられずロイはハボックの顔を見る。そうすればハボックはにっこり笑って言った。 「本当っスよ。体力より技術が大事っスから」 「認めたくはありませんが、こんな壁を腕だけの力で上りきる技術があるか、自信がありません」 「少佐らしくもない」 正直に告げるロイにハボックが僅かに目を瞠る。ロイが縫いだ上着とオーバースカートを受け取りながら言った。 「要はホールドの向きに合わせて体のバランスをとりゃいいんです。ホールドを掴むときだけ体を壁に近づけて、それ以外の時は壁と体の間に隙間を作って下さい。その方が疲れないっス」 「隙間を……」 ロイは屈伸運動をして体を解しながらハボックの言葉に耳を傾ける。壁から目を離さないロイにハボックは続けた。 「競技としてのボルダリングならホールドに色がついてるから同じ色を辿りゃルートが一目瞭然っスけど、これはついてないから自分でルート見つけなきゃならない。パッとみたところだと、右手から上がって三分の二ほど行ったところで左斜めに行くのがいいと思います。ただね、今回ホールドの位置設定してんの、ラズナー少佐なんスよね」 どことなく困ったような響きを声に載せるハボックをロイが見る。黒曜石の視線を受け止めて、ハボックは言った。 「少佐よりラズナー少佐の方が背、高いっしょ?その上あの人、身長に対して腕が長いんスよ」 そう言われてロイはラズナーに視線を向ける。ハボックの言葉を確かめるようにラズナーを見つめていればハボックが続けた。 「たぶん、ラズナー少佐なら楽々届くところ、少佐だとギリギリかと」 「リーチが違うという事ですか」 壁の途中で立ち往生するのを楽しむつもりなのだと気づいて、ロイは不愉快そうに顔を顰める。そんなロイを励ますようにハボックは笑った。 「大丈夫。別に足は必ずホールドに載せとかなきゃいけないってルールはないっスから。届かないと思ったら片足を壁に当てて進みたい方角と反対の方に体を引いて壁を蹴りゃ上のホールドに手が届きます。あとね、遠いホールド掴むときは見ないで手を伸ばした方が届くっスから」 「見ないで?」 ハボックの言う意味がよく判らず問い返すロイにハボックがニッと笑う。 「やりゃ判るっスよ。基本は体の反動を使えば上がれます。スクワットやるみたいにね」 どうって事ないようにサラリと言ってのけるハボックにロイは小さくため息をつく。だが、ここで引き下がる気も無様な姿を見せる気もさらさらないロイが、手首を回してよしと呼吸を整えた時、ハボックが口を開いた。 「ラズナー少佐。ただ壁上ってみせるんじゃつまんないっスから、少佐同士、二人で競争しませんか?どっちが先に上まで上れるか」 「ちょ……大佐っ?」 突然そんな事を言い出すハボックに、ロイが驚いて目を瞠る。言われたラズナーも流石に驚きに目を見開いてハボックを見た。 「競争、ですか?」 ラズナーはそう言ってロイを見る。見開く黒曜石にニヤリと笑って言った。 「私は構いませんが、マスタング少佐はどうなんです?無理をなさる必要はありませんよ」 「私だって全然構いません」 どこか馬鹿にしたようなラズナーの態度にムッとしたロイが、ハボックが口を開くより早く言う。互いに睨み合う二人の少佐を見て、ハボックはニコニコと笑った。 「じゃあ、二人の勝負ってことで。単純に一番上のホールドに先に到達した人の勝ちでいいっスね」 「ええ」 「勿論です」 ハボックが提案した勝敗の決着方法にロイとラズナーが頷く。ラズナーが上着を脱いで支度をしている間にハボックが新兵たちに向かっていった。 「これからラズナー少佐とマスタング少佐が壁登りの実演してくれまーす。みんなよく見てこれからの参考にするように」 ニコニコとまるで小学校の教師のように新兵たちに言うのを聞いて、ロイが眉を顰める。ふと目をやった先のラズナーが同じように眉を寄せているのに気づいてじっと見つめていれば、視線を感じて振り向いたラズナーと目があって、互いに目を瞠った次の瞬間プイと顔を背けた。 「まったくさっさと躾ないとたまったものじゃないな」 気ままな思いつきに振り回されるのはラズナーだけかと思っていれば、思わぬところで巻き込まれてロイはうんざりとため息をつく。とは言え、新兵たちが注目する中無様な姿を晒す気はこれっぽっちもなかったし、それになによりラズナーに負けるのだけは絶対に嫌だった。 (ふん、馬鹿にするのも今のうちだぞ) 見くびるなら見くびればいい。終わった時にもその自慢げな笑顔を浮かべていられると思ったら間違いだ。 自信満々な表情でこちらを見ているラズナーを無表情に見返しながら、ロイは内心怒りにも似た闘志を燃やしていたのだった。 |
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