見毛相犬2  第十三章


「書いた目標は各々ロッカーにでも貼っておくように。じゃあ、片付けが済んだら演習場に集合な」
 ハボックが会議室を見渡してそう言えば、一斉に「イエッサー!」と元気な声が返ってくる。互いに書いたものを見せ合いながらワイワイと仲間同士言葉を交わす新兵達を見てチェンが言った。
「結構これ、最初の内は話の切っ掛けになりましたね」
「話の切っ掛け?」
 チェンが言うのを聞いてロイが尋ねる。チェンはロイに頷いて答えた。
「ええ。意外な奴が意外なこと書いてたりして、こう言うこと考えてるんだって思って話しかけたりしたんですよ」
「へぇ」
 なるほどと感心したようにロイは半紙を指して話している新兵達に目をやる。そうすれば壁に寄りかかったハボックが煙草の煙を吐き出しながら言った。
「最初の内は互いに様子伺ってるっスからね、なかなかどんな奴か見えてこない。飲みに行くのもいいけどこっちの方が手っとり早いし、とにかく同じ部隊でやるんだから早いとこ互いの人となりを知って貰わないと作戦も立てにくいっスからね」
「大佐の場合は自分が少しでも楽になるよう、誰になにを押しつけるのが一番いいかの判断基準に使ってましたけどね」
 チェンがニヤニヤしながら言えばハボックがアハハと頭を掻く。そんなことだろうと、一つため息をついたロイはパンパンと手を叩いて新兵達を促した。
「書いた内容を見せ合うのは後にしろ。急いで演習場に集合───ラズナー少佐がお待ちかねだ」
 ニヤリと笑って言うロイに新兵達が慌てて会議室を取び出していく。
「うわあ、意地悪っスねぇ、少佐」
「本当のことでしょう?」
「確かにそうっスけど」
「私達も急がないとまた嫌みを言われますよ」
 やれやれと肩を落とすハボックをロイが急かした。先に立って会議室を出ていくロイについていきながらハボックが尋ねる。
「少佐。アンタだったらなんて書きます?」
「私だったら?」
「ええ。なんて?」
 足を止めたロイが振り向いて、ハボックの空色の瞳をじっと見上げた。
「少佐?」
 そのままなにも言わない黒曜石に見つめられてハボックが困ったように小首を傾げる。ええと、とボリボリと頭を掻くハボックを見つめるロイの唇が弧を描いて言った。
「躾」
「へ?躾?」
 一言だけ言って再び歩き出すロイにハボックがキョトンとする。
「躾って……少佐、独身っスよね。犬でも飼ってるんスか?」
「ええ、デカイのを一匹」
「へぇ、シェパードとか?それともレトリバー?」
 犬と聞いて目を輝かせてついてくるハボックにロイが笑みを深めた。
「雑種ですよ。でも、金色の毛並みにブルーの瞳でとても綺麗なんです」
「金の毛並みにブルーの瞳?珍しいっスね。流石少佐が飼うだけの事はある」
 感心したようにハボックが頷いた時、背後でチェンがプッと吹き出す。振り向いたハボックはチェンが必死に笑いをこらえているのを見て、眉を顰めた。
「なんだよ、チェン。なにが可笑しいんだ?」
「や、別に」
 そう言いながらもクククと笑い続けるチェンを怪訝そうに見ていたハボックは、ロイがニヤニヤと笑っていることに気づいた。
「なんスか、少佐まで」
「別に何でもありません」
「何でもないって」
 とても何事もないとは思えない二人をハボックは交互に見る。
「なに?なんだよ、ちょっと、ねぇ!」
 訳が判らないとハボックが喚けば、ロイとチェンは堪らず大声で笑いだした。


 途中、チェンと別れてハボックとロイは演習場にやってくる。一人仲間外れにされた事で不貞腐れてムスッとしていたハボックは、すでに組み手の訓練が開始されているのを見て目を瞠った。
「早ッ、もう始めてる」
「本当にお待ちかねだったようですね」
 半分は冗談だったのだがどうやら本当に待ちかねていたようで、新兵に檄を飛ばしているラズナーの声からは苛立ちが感じられた。
「予定が狂うのを嫌う人っスからね、ラズナー少佐は」
「それが判っていながらあんな事をさせたんですか?」
 煙草を吸いながら嘗ての上司の性格を口にするハボックに、ロイが呆れたように言う。「えー、だってー」と唇を尖らせて言い訳するのを聞いて、ロイはやれやれとため息をついた。
「とばっちりを食う新兵も可哀想に」
「多分そんなのしょっちゅうだろうから慣れてますよ、あいつらも」
「で?少佐の株は下がり、貴方の株は上がるわけだ」
 そんな風に言われてハボックが目を瞠ってロイを見る。暫くじっとロイを見ていたハボックは考え込むように腕を組んだ。
「また反感買っちまったっスかね?」
「でしょうね」
 あっさりと肯定されてハボックが眉を下げる。その情けない顔を見てロイはクスリと笑った。
「今更ひとつふたつ反感買ったところで変わらないでしょう?」
「まあそうっスね」
 肩を竦めてハボックが頷いた時、組み手を終えた新兵達がラズナーの号令のもと動き出した。
「移動するみたいだ。あの先にあるのは確か」
 ザッザッと規則正しい靴音を立てながら駆け足で移動する新兵の向かう先を見てハボックが呟く。なにがあるんだと尋ねるように見つめてくるロイに、ハボックが答えた。
「壁っスよ」
「壁?」
 ハボックの答えにロイは黒い瞳をパチクリとさせる。そんなロイを促して、ハボックが歩き出しながら言った。
「行きゃ判るっスよ」
 その言葉に頷いてロイは広い演習場を新兵達が行った先を目指して歩き出す。暫くして見えてきた巨大な壁に、ロイは目を見開いた。
「これは」
「ボルダリング用の壁っスよ。ホールドはもっと自然の岩っぽく作ってあるっスけど。ラズナー少佐、得意なんスよ、これ」
 壁と言うよりロッククライミングの岩場のような施設を見上げるロイの耳にラズナーの声が聞こえた。
「今日は書道の訓練に変更になったのかと思いましたが、予定通りの訓練が行えそうでなによりです」
 そう言いながら近づいてくるラズナーをハボックとロイは見つめる。少し離れたところで足を止めたラズナーにハボックが言った。
「予定を狂わせてすんません。せっかく演習を見させて貰ったんで普段やらないことをやらせるのもいいかと思って」
「確かに私にはとても考えつかないようなことで、勉強になりました」
 嫌みの滴を滴らせる言葉にロイの眉間の皺が僅かに深くなる。それを面白そうに見つめてラズナーは続けた。
「どうです?大佐にばかり手本を見せて頂くのではせっかくご同行頂いた貴官に申し訳ない。ここはひとつ、マスタング少佐に錬金術以外にも素晴らしいところを新兵達に示して頂きたい」
 その言葉にロイが大きく目を見開きハボックが苦笑する。
「矛先、少佐に向いちゃいましたね」
「……貴方のせいですよ」
 煙草の煙と共にクスリと笑いを零すハボックを、ロイはジロリと睨んだ。


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