見毛相犬  第四章


 バンッともの凄い音を立てて扉が開く。目を吊り上げたロイが足音も荒く司令室に入ってくるのを見て、部下達は首を竦めた。
「今までもしょっちゅう怒ってましたけど、今回は一日目にして限界突破って感じですね」
「はは……そうだな」
 コソッとフュリーが囁くのにブレダが苦笑する。窓を背に腰を下ろしたロイがジロリと二人を睨んで言った。
「くだらないおしゃべりをする暇があったら仕事をしたまえ」
 地を這うような声にフュリーが慌てて書類に手を伸ばす。その時丁度電話のベルが鳴って、フュリーは書類に伸ばした手を受話器へと方向転換させた。
「はい、司令室」
 そう答えて相手の声に耳を澄ませたフュリーの表情が俄に引き締まる。フュリーは必要なことを聞き終えると受話器をフックに戻して言った。
「少佐。銀行で立てこもりです。爆弾を持った犯人が人質をとって立てこもっているとのことで、こちらに応援要請です」
 フュリーの言葉に司令室に緊張が走る。
「中尉、ハボック大佐は?」
「まだ戻られていません」
 三階の窓から逃げ出すという、とんでもない事をやってのけた男は未だに戻ってきていないらしい。
「あのクソ大佐……」
 綺麗な顔に似合わぬ汚い言葉で上官を罵ってロイは部下達を見回した。
「仕方ない、私が指揮を執る。ファルマン准尉、立てこもり犯の情報を集めてくれ、フュリー曹長は引き続き連絡を。ホークアイ中尉とブレダ少尉は準備が整い次第私と一緒に来い」
「「イエッサー!」」
 答えて一斉に立ち上がった部下達は、ロイの指示に従い行動を開始したのだった。

「んー、いい天気」
 ハボックはそう言って思い切り伸びをする。冬がすぐそこまで来ているとはいえ、風もなく陽射しが降り注ぐ戸外はポカポカと暖かく、散歩をするには絶好の日よりだった。
「やっぱこんな日に書類仕事や会議なんてするもんじゃないよな」
 そう言いながらハボックはのんびりと歩いていく。司令部にはロイがいるから、何か至急の案件があっても十分対応できるだろう。
「むしろオレなんていない方がスムーズに行きそうだし」
 そもそも自分にはあんな個室にこもっているなど向いていないのだ。
「やっぱ外がいい。現場に戻してくんないかなぁ……」
 ひとつでも階級を上げたいと躍起になっている連中が聞いたら怒り出しそうなことを呟いてハボックは歩いていく。その時、二つほど先の角で、大勢の人が身を乗り出すようにして角を曲がった先の様子を伺っているのが目に入って、ハボックは目を見開いた。
「なにやってんだろう」
 有名人でも来ているのだろうかと思ったが、どうにも空気が穏やかでない。ハボックは足早に野次馬に近づくと、一番後ろから覗こうとしてピョンピョンと飛び跳ねている男に声をかけた。
「ねぇ、なんかあったんスか?」
 飛び跳ねる肩をトントンと叩く。男は鬱陶しそうにハボックの手を払いのけて言った。
「銀行強盗だってよ。人質とって立てこもってるらしいぜ」
「銀行強盗?」
 男の言葉にハボックは眉を顰める。それから野次馬を押し退けるようにして、前へ前へと進んでいった。
「ちょっとごめんねー」
 ハボックはそう言いながら猫背の背をピンと伸ばす。数十メートル先に銀行の入口があり、辺りを憲兵隊が取り囲んでいるのが見えた。
「軍に連絡はしてんのかな」
 ここからではよく判らずハボックは呟く。連絡がいっているのであれば出てくるのはロイであろうから、自分がどうこうする事もないだろうとハボックがそう思ったその時。
 ガシャーンッ!!と大きな音と共に銀行の窓ガラスが内側から吹き飛ぶ。どうやら中から犯人が発砲したらしく、憲兵の動きが慌ただしくなった。
「人質がいるって言ってたな。何人中にいるんだろう……」
 犯人と人質、それぞれ何人中にいるのか、ここにいては判らない。ハボックは少し考えて上着とオーバースカートを脱ぎ捨てると、憲兵の方へ近づいていった。
「あのさぁ、ちょっと」
 一番手近の憲兵を掴まえて声をかける。
「なんだっ、今忙しいんだッ!」
 誰だとジロリと視線を寄越した憲兵はハボックが軍人なのに気づいて慌てて敬礼をして見せた。
「失礼しましたっ、え、と……サー」
 Tシャツ姿のハボックは階級が判らない。困惑している憲兵にハボックはにっこり笑って言った。
「中、どういう状況なの?」
「はい、爆弾を持った銀行強盗が二名、行員と客併せて五名を人質にとって立てこもっていますッ」
 聞かれて憲兵はしゃちほこ張って答える。
「銀行の中、どうなってるんだ?見取り図とかないのか?」
 ハボックがそう言えば、憲兵が銀行の関係者に言って店内の見取り図を持ってこさせた。それをじっと見ていたハボックは憲兵隊の隊長を呼ぶ。
「軍には連絡取ってるのか?」
「はい、つい今し方応援を要請しました」
「つい今し方……」
 そうであれば準備を整えて出てくるまでにまだ少しかかるだろう。ロイが来るのを待つべきか、ハボックが考えを巡らせていると再びガラスの割れる大きな音がした。
「さっさとそこから引っ込めッ!!でないと爆弾を爆発させるぞッ!!」
 砕け散ったガラスの中から犯人と思しき声が聞こえる。ザワッと憲兵達がざわめくのを見てハボックは肩を竦めた。
「あらら……短気な犯人だな」
 ハボックはそう呟くと咥えていた煙草を踏み消す。それから自分の装備をざっと改めて、隊長に言った。
「あのさ、連絡用の発煙筒持ってるだろ?今からかっきり十分後にあのガラスが割れたところから放り込んでくれない?」
「発煙筒を、ですか?」
「そう。頼んだよ」
 ハボックはそう言ってニッと笑うとその場を離れる。建物をグルリと回って裏手に出ると、行員用の通用口の前に立つ。手にした見取り図をじっと見つめて頭に叩き込んで図面を放り捨てた。
「問題は犯人がどこにいるか、だな」
 ハボックはそう呟きながら細いピックを取り出す。鍵穴をちょっと弄ると簡単に鍵を開けて中へと滑り込んだ。シンと静まった店内を足音を忍ばせて歩く。扉を二つほど抜ければ、銀行の一番正面、接待用のカウンターがある大きな部屋へと出た。
 ハボックは机の陰に身を潜めると部屋の様子を伺う。大きく割れた窓ガラスのすぐ近くに拳銃を持った犯人の姿が見えた。
(もう一人はどこだ?)
 今の場所からでは確認する事が出来ず、ハボックは腰を落としたまますり足で近くの机の陰に移動する。そっと覗き込んだ時、人質になっている行員とバッチリ目が合ってしまった。驚きに目を見開く行員にハボックは声を出さないよう合図する。それからこっちを見るなと何度も手を振れば、漸くその意味に気づいた行員がハボックから目を逸らした。
(気づかれなかっただろうな)
 と、ハボックが思った時。
「貴様ッ、どこから入ってきたッ?!」
 そう怒鳴り声がして、ゴリと銃が頭に突きつけられる。ハボックは一つため息をつくと両手を上げて立ち上がった。
「どこって、裏口に決まってんじゃん」
 ハボックはそう言って犯人の男を見下ろす。ヌッと立ち上がった長身の男に冷たい目で見下ろされて、男は息を飲んだ。
「焔の錬金術師がこっちに向かってる。さっさと投降しないと燃やされちゃうよ?」
「ふざけるなッ!燃やすだと?こっちには爆弾があるんだ、燃やそうとすれば人質諸共ドカーンだッ!!」
 そう言う男にハボックはクスリと笑う。
「天下の焔の錬金術師がそんなドジ踏むと思ってるのか?バッカじゃねぇの?」
「な……ッ?!」
 クククと笑うハボックにカッとなった男がハボックに突きつけた銃を構え直した時。
シュッという音と共に割れた窓から発煙筒が放り込まれた。
「うわッ?!」
 大量に吹き出す煙に窓の傍に立っていた男が腕で顔を覆うようにして身を屈める。ハボックに銃を突きつけていた男がそちらに気を取られた瞬間を見逃さず、ハボックは男の手から銃を叩き落とした。叩き落としたその手で男の手首を掴むと思い切り捻り上げる。バキッという嫌な音がして腕をへし折られた男が絶叫を上げた。蹲る男にはそれ以上目もくれず、ハボックは煙の中に飛び込む。目と口を押さえて咳込んでいた男がハボックに気づいて銃を向けるより早く、ハボックは飛び込んだ勢いのまま男を殴り飛ばした。
「ガハッ!!」
 殴り飛ばされた男の体が窓ガラスを突き破って道路に飛び出す。それを追って飛び出したハボックは男の体を地面に押さえ込んだ。
「憲兵ッ」
 そう叫べばドッと押し寄せてきた憲兵に男を引き渡すと、ハボックは立ち上がってパンパンと体についた埃をはたく。
「中にもう一人いるから」
 その言葉に憲兵達が店内に飛び込んでいった。犯人が拘束され、店の隅に固まっていた人質達が助け出されるのを後目に、ハボックは脱ぎ捨てていた上着を拾い上げるとその場を後にしたのだった。


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