見毛相犬  第十六章


「アイツらどこへ行ったんだ?中か?」
「自分たちに交渉させろとかなんとか言ってやがったからな。ろくな頭もないくせに」
 どうやら向こう側の通路から来たらしい二人組は、そう言いながら見張りが立っていた部屋の扉を開けて中へ入っていく。パタンと扉が閉まる音を聞いてロイが言った。
「どうします?すぐ中にはいないという事が判って出てきますよ?」
 そう言われてハボックは一瞬考える素振りを見せたが、部屋に飛び込むと窓にかかった白いレースのカーテンを引き剥がす。驚いて目を瞠るロイに頭から被せるとワンピースの様に体に巻き付けてしまった。
「ちょっとここ押さえててっ」
「えっ?ちょ…たいさっ?」
 突然の事についていけず目を白黒させるロイに構わず、ハボックはクローゼットからバスローブの腰紐を取り出す。それをカーテンの端を押さえるようにロイの腰に巻き付け、後ろで蝶結びに結んだ。
「はい、で、これ持って!」
 ハボックはそう言って棚の中から取り出したグラスとボトルをトレイに載せてロイに手渡す。ロイは渡されたトレイを見つめ、それからハボックを見上げて言った。
「大佐、これは一体……」
「即席メイド!アイツらが出てきたらこれ持ってにっこり笑ってください。それだけでいいっスから」
「はあっ?そんなことしたら怪しまれるでしょうっ?」
「いいから!時間ないからオレの言うとおりにして!」
 ハボックはそう言うとロイに反論する暇を与えず廊下に押し出す。そうして自分は観葉植物の陰に身を潜めた。それとほぼ同時に扉の開く音がしてドヤドヤと足音がする。さっき聞こえたのと同じ声が苛立ちを交えて言うのが聞こえた。
「中にもいねぇじゃないか、どこ行きやがった」
「まさか下に直接交渉しに行ったんじゃねぇだろうな」
 そう言いあいながら近づいてきた足音が角を曲がる。廊下の真ん中にトレイを持って凍り付いていたロイを見つけて、テロリスト達はギョッとして足を止めた。
「なんだ、お前…っ?」
 長い髪を首の後ろで束ねた大柄な男が先に気を取り直して言う。答える言葉を探し倦ねて固まるロイにハボックが観葉植物の陰から囁いた。
「少佐っ、笑って!」
 その声にハッとしたロイは近づいてくるテロリスト達を見つめる。それから二人に向けてにっこりと極上の笑みを浮かべて見せた。
「お」
 そうすればテロリスト達がだらしない笑みを零す。ニヤニヤと笑いながらゆっくりと近づきつつ言った。
「アンタ、メイド?このフロアは封鎖されてるって聞いてないのか?」
「それともホテルが気を利かせて俺たちをもてなそうとでもいうのか?」
 下卑た笑みを浮かべたテロリスト達がすぐそこまで近づいてきた時、ロイは手に持っていたトレイを大柄な男に向かって投げつけた。
「うわっ?!」
 咄嗟に顔を腕でかばった男にロイは数歩の距離を一瞬で詰めるとサイレンサー付きの銃を胸に押し当てる。男が口を開く前に引き金を引けば、近距離から心臓を打ち抜かれた男は声もなく床に崩れ落ちた。
「な……ッ?きさま───」
 ただの綺麗な女だと思っていた相手の思いもしない行動にもう一人のテロリストが目を剥く。だが、ロイに向かって銃を向ける前に観葉植物の陰から飛び出してきたハボックのナイフで物言わぬ塊と成り果てた。
「……よし!」
 ハボックが満足そうに言って頷いてロイに向かって言う。
「上手くいったっスね、しょう───おわっ?!」
「これはどういう事です……大佐」
 しまいまで言う前に目を吊り上げたロイに襟首を締め上げられてハボックは目を瞬かせる。ギリギリと力のこもってくるロイの手を宥めるように叩きながら言った。
「いや、ほら、持ってる武器は最大限に活用しないとっ」
「持ってる武器…?」
「悩殺!百万ボルトの笑顔ってね」
 そう言った途端、締め上げる手に一層力がこもる。「ギブギブ」と大袈裟に苦しがるハボックを突き飛ばすように離して、ロイは体に巻き付けられたカーテンを毟り取った。
「今度こんなことをしたら消し炭にしますよ」
「あはは、まあ上手くいったんだしっ」
 ヘラヘラと笑うハボックをロイは冷たい目で睨みつける。ロイはカーテンの残骸を床に叩きつけるとプイと顔を背けた。
「まあ、とりあえずこれで後四人になったわけだし、もう少しっスね」
「……のんびりしてられません。中の奴らもすぐにおかしいと気づくでしょう」
 見張りがいないと言って様子を見に来た仲間がいつまでたっても帰ってこなければ、何かあったと思うに違いない。
「人質がどこにどういった形で拘束されているか判れば突入の方法もあるんでしょうが」
 綺麗な眉を顰めて言うロイにハボックが笑う。
「まあ、なんとかなるっしょ?」
 そう言ってヘラリと笑う男をロイは胡散臭げに見上げた。
(見直していいのかその必要はないのか……全くよく判らん男だな)
 正直この短い間にロイのハボックを見る目はガラリと変わった。身体能力はずば抜けたものがあるし、戦闘技術も目を瞠るだけのことはある。だが。
(見方が変わるかと思えばすぐこれだ)
 行き当たりばったりの本能的な行動はロイの行動理念とは相入れない。どうにもハボックという人物を掴みかねて、ロイは眉間の皺を深めたのだった。


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