見毛相犬  第十四章


 二人は入り込んだ窓にかかった分厚いカーテンの陰から部屋の中を伺う。派手さはないが重厚な作りの部屋には大きなダブルベッドが備え付けてあり、その向こうに隣の部屋へ続く扉が見えた。
「この部屋は使ってないみたいっスね、せっかくおっきなベッドがあるのに勿体ない」
「……テロリストは立てこもっているだけで泊まりに来ているわけではありません」
 部屋の中を見回しながらのんびりとそんな事を言うハボックにロイは眉を顰めて言う。馬鹿なことを言ってる暇などないと、怒鳴りつけたいのを必死に抑えているロイの気持ちなど気づきもせずにハボックは言った。
「でも、立てこもりなんて体力勝負っしょ?オレだったら交代でこのベッド使って寝るけどなぁ……。あ、作戦の前に一緒に一眠りします?」
「………私は眠らなくても全く問題ありません」
「なあんだ、残念」
 低い声に怒りを込めて答えたロイは、返ってきたハボックの間延びした言葉にこめかみをヒクつかせる。ジロリとハボックを睨んでロイは言った。
「そんなにお休みになりたければお一人でどうぞ。私は一人で人質を救出してさっさと帰りますから」
 ロイはそう言うと、隣の部屋に続く扉の側の壁にそっと身を寄せる。扉の向こう側の部屋の様子を伺おうと耳を寄せた扉を、後から来たハボックにいきなりガチャリと開かれて、ギョッとして壁の内側に体を引っ込めた。
「大佐ッ?」
 開けた扉の向こうに、ごく普通の足取りで入っていくハボックをロイは唖然として見つめる。ハボックは数歩入ったところで振り向くとロイに向かって言った。
「ここにも誰もいないっスよ、出てきて大丈夫っス」
 そう言ってにっこり笑うハボックにロイはハッとして駆け寄る。まるで緊張感のない笑顔を睨みつけて言った。
「確かめもせずに扉を開けるなんてっ!誰かいたらどうするんですっ?」
「いないの判ってたっスもん。人の気配なかったっしょ?」
 ハボックの言葉にロイが黒い瞳を見開く。毛足の長い絨毯は音をよく吸収して敵も味方もその足音が判りづらかったし、重厚な家具も分厚い壁も隣の部屋の物音を聞き取るには障害にしかならなかった。
「扉の向こうの部屋の様子が判ったんですか?どうやって?」
 とても信じられなくてロイがそう尋ねればハボックが頬をポリポリと掻く。困ったような顔で笑うと言った。
「えっと……勘?」
 本気とも冗談とも判らぬ答えに、ロイはハボックをじっと見つめる。黒曜石の瞳で見つめられて、ハボックは顔を赤らめて言った。
「行きましょうか、少佐」
 そう言って歩き出せばロイは何も言わずについてくる。ソファーやらテーブルやらが置かれた広い部屋を抜けて、廊下に続く扉の左右に身を寄せれば、ハボックがそろそろとノブを回した。出来た隙間から部屋の外を覗いたハボックは一度扉を戻してロイを見る。
「扉のすぐ側に観葉植物があるっス。扉ごとに飾ってあるみたいっスね。一つ目の観葉植物の向こうに見張りが一人。五メートルほど先の角の手前に次の見張り。ここからなら一番手前の奴をシメるのは簡単かな」
 一瞬の間にそれだけ見て取って言うハボックにロイは目を見開いた。
「ちょっと待っててください」
 ハボックはにっこり笑ってそう言うと、もう一度ノブに手をかけて扉を開ける。今度は出来た隙間から滑り出ていったハボックをロイが言われたとおり待っていれば、微かな呻き声が聞こえた数瞬後ハボックが戻ってきた。さっきよりは大きく開いた扉の隙間からハボックが倒れた男の体を部屋に引きずり込む。延髄の急所に寸分違わず深々と細いナイフが刺さっているのを見たロイは、僅かに目を見開いたものの口調には驚きを表さずに言った。
「あと九人ですね」
「もうすぐ八人っスよ」
 テロリストの死体を部屋の隅の家具の陰に隠して、跪いたままハボックが言う。見上げてくる空色の瞳を見返したロイがうっすらと笑みを浮かべて言った。
「では私が八人にしましょう」
 ロイがそう言えばハボックの瞳が面白がるような色をたたえる。ロイはノブを回して様子を伺うと隙間を広げて廊下へ出た。少し先で険しい目を走らせるテロリストに向かって発火布をはめた指を擦り合わせれば、テロリストがカッと目を見開く。苦しげに喉を掻き毟っていた男の体がドサリと床に倒れ込んだのを見て、ロイは低い体勢のまま滑るようにテロリストの側へ駆け寄った。
「……くそっ」
 角の向こうにいるであろう次の見張りに気づかれる前にテロリストの体を隠そうと、ロイは倒れた男の両脇に手を差し込み引っ張ろうとする。だが、毛足の長い絨毯は滑りが悪く、思うように体を動かせないでいると、ロイはいきなり己の腰を抱え込まれてテロリストごとずるずると背後に引っ張られた。
「……ッ、ぅ、わ……」
 思わずあげそうになった悲鳴を飲み込んでロイは、テロリストごと絨毯の上を数メートル引きずられてもといた部屋に引っ張り込まれる。部屋の扉を閉めてハボックは言った。
「錬金術って焔を作るだけじゃないんスね。あんな事が出来るなんてびっくりっス」
「……大佐」
 腹を抱え込まれて数メートル引きずられたロイは、圧迫感で吐きそうになった口元を押さえて恨めしげにハボックを見上げる。テロリスト一人運ぶのに四苦八苦していたロイごといとも易々と二人分の体を運んだハボックは、楽しそうに瞳を輝かせて言った。
「これで後八人っスね」
「……ではさっさと七人にしましょうか」
 その言葉にニコッと笑ってハボックが差し出した手を掴んで、ロイはスッ立ち上がった。


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