| 見毛相犬 第十三章 |
| 「ホテル側の話ではテロリスト達が立てこもった後、二度ほど食事や飲み物の要求をされて差し入れたそうです。その時には人質二人は五階に、テロリストも少なくとも三人は同じフロアにいたようですが」 「人質はともかくテロリストの配置は流動的だな。下の階に多く人数を割いているのは間違いないだろうが」 フュリーの報告にロイが眉を顰めて言う。 「ともかくも時間がない。ブレダ少尉は隊を率いてホテルに向かってくれ。三階に人員を配置した上でテロリストとの交渉をして時間を稼いで欲しい。ホークアイ中尉はダルマスカホテルの向かいのホテルで狙撃班と共に待機」 「少佐」 次にロイが言うことを察してホークアイが口を挟む。 「いけません、少佐」 「だがそれが一番手っとり早いだろう?」 そう言ってニヤリと笑うロイにホークアイが表情を険しくして言った。 「では誰かお連れになって下さい」 「一人の方が身軽だ」 「少佐!」 「ファルマン准尉は引き続き情報の収集を、フュリー曹長は我々との連絡に当たってくれ」 ホークアイが声を荒げるのに構わずロイが言う。ロイを睨むように見つめるホークアイと何の表情も伺わせないロイと、どうすればいいのか執務室にいる面々が言葉を探しあぐねていると、のんびりした声が聞こえた。 「だったらオレが一緒に行くっスよ、中尉」 てっきり外を見ていて聞いていないとばかり思っていたハボックが、肩越しに振り向いて言う。一瞬唖然とした一同の中で、いち早く我に返ったロイが言った。 「お言葉ですが大佐、私は単独での行動の方が慣れてますので」 「でも、中尉はダメだって言ってるんでしょ?それってアンタ一人で行かせると危なっかしいって事じゃないんスか?」 「…ッッ」 ニコニコと悪びれない笑みを浮かべて言う相手をロイは顔を引きつらせて睨む。ロイが言い返そうとするより一瞬早く、ブレダが躊躇いがちに言った。 「あー、少佐。それもいいじゃないんですか?たまには大佐にも働いてもらった方がいいですし」 「ブレダ少尉」 怒鳴る言葉を飲み込んでロイがブレダを見る。ロイがそれ以上何か言う前にとホークアイが急いで言った。 「大佐と少佐が二人して現場に出るのはいささか問題ですが、他に選択肢がないと言うのでしたら仕方ありません」 「中尉のお許しも出たことだし、一緒に行きましょうね、マスタング少佐」 「………イエッサー」 にっこりと笑ったハボックに殊更階級を誇張して呼ばれれば下位ににある自分は従わざるを得ない。ロイは黒曜石の瞳に怒りを込めてハボックを見つめて文句のつけようがない完璧な敬礼をして寄越した。 「じゃあ、オレと少佐で人質の救出を。後は少佐の言ったとおりで」 「「イエッサー!!」」 ハボックの一言で漸く人質救出に向けてメンバーが動き出した。 黒い潜入服に着替えたロイはコンバットベストを羽織り装備を確認する。同じように着替えを済ませたハボックがロイの事を上から下までジロジロと眺めて言った。 「なんかヤらしいっスね、少佐」 「は?」 「こう、体の線がくっきり出て」 ハボックはそう言いながらロイの体の線を両手で宙に描いて見せる。そのくねくねと曲線を描く手の動きが妙に淫猥で、ロイは目尻を染めて言った。 「くだらない事を……ッ。体の線が浮き出るというなら貴方も同じでしょう、大佐」 「オレは別にイヤらしくねぇっスもん」 「だったら私だってそうです」 きっぱりと言うロイをハボックはため息混じりに見つめる。黒い潜入服でますます肌理の細かい白い肌が際だって見えるロイにハボックは言った。 「自覚がないのは仕方ないっスけどね、気をつけないと痛い目みますよ?」 「仰る意味が判りかねます」 そう言うロイにハボックはもう一つため息をつく。それ以上言っても仕方ないと諦めて言った。 「用意ができたなら行きましょうか。そろそろブレダ達も準備できたでしょうから」 「イエッサー」 答えるロイと共にハボックは司令室を出るとホテルに向かった。 「非常口から入るんスか?」 ホテルに着くなり裏手に回るロイにハボックが聞く。外付けの非常階段の最初のステップに足をかけてロイが答えた。 「正面から入るわけには行かないでしょう?」 「中から行けばエレベーターがあるのに」 そんな事を言うハボックをロイは思い切り睨む。さすがに勝手にしろとは言えず、ロイは罵る言葉を飲み込むと階段を駈けあがり始めた。軽快な足取りも流石に五階まで一気にあがれば息が弾む。ロイが五階のフロアに入る扉の前で息を整えているとすぐ後からやってきたハボックが言った。 「すんません、ちょっと待っててもらえます?」 息を乱しもせずハボックはそう言うとロイの返事を待たずに更に階段をあがっていく。屋上に続く階段を上がって見えなくなったハボックにロイは微かに顔を顰めた。 「屋上?何しに行ったんだ?」 ホテルの屋上には貯水タンクの他は何もなかった筈だ。ロイが苛々としながら待っていると漸くハボックが戻ってくる。ロイは耳元につけたコムから伸びるマイクに向かって言った。 「マスタングだ。こっちはいつでもいいぞ」 そう言えばフュリーから少し待ってくれと連絡が入る。ちょとしてザザという音と共にフュリーの声が聞こえた。 『ブレダ隊が配置につきました。交渉を開始します』 「了解、こちらも行動を開始する」 ロイがそう答えればフュリーから短いいらえがあって通信が切れる。ロイがノブに手をかけようとすればハボックがロイの肩をチョンチョンと叩いて言った。 「少佐、こっち」 「大佐?」 呼んで階段の手すりに手をかけるハボックをロイは不思議そうに見る。ハボックは手すりを乗り越えると壁にある十五センチ程の出っ張りに足をかけた。壁に張り付くようにして一番近い窓まで行くと、ハボックはベストのポケットから丸い吸盤状のものと極薄のカッターを取り出す。吸盤を窓のサッシの側に張り付け、その周りをぐるりと回るようにカッターの刃を走らせた。そうして丸く切り取られたガラスを吸盤を張り付けたまま抜き出したハボックは、できた穴に手を差し込み窓の鍵を外す。窓をそっと開けると部屋の中にするりと忍び込んだ。 「少佐」 部屋の中に入ったハボックが窓から顔を出してロイを呼ぶ。目を丸くしてハボックのすることを見ていたロイはギクリとして手すりから下を見た。それからハボックが伝った壁の出っ張りを見る。壁にはその出っ張り以外掴まるところなどなく、さすがのロイも躊躇わずにはいられなかった。 「怖いならそこで待っててくれてもいいっスよ?」 その時そう言うハボックの声が聞こえてロイはムッとしてハボックを見る。面白がるような光を浮かべた空色の瞳を睨み返して、ロイは手すりに手をかけて乗り越えると壁の出っ張りに足をかけた。下を見ないようにしてゆっくりと足を進める。そろそろと足を進める間にも心臓がバクバクと鳴る音が煩いほどだった。ハボックが渡った倍の時間をかけてロイは漸く窓のすぐ側まで辿り着く。後少しと足を進めようとした瞬間、風が吹き抜けてロイはグラリとバランスを崩した。 「…ッ?!」 ヒュッと息を飲んで目を閉じたロイの背に大きな手が当てられる。恐々目を開いて傍らを見れば、ハボックが窓に腰掛けて手を伸ばしていた。 「大丈夫、後少しっスから頑張って」 そう言ってハボックが笑うのを見れば煩い程だった心臓が大人しくなる。ロイは数歩の距離を渡りきるとハボックの横から部屋の中に滑り込んだ。 「じゃあ行きましょうか」 ロイが無事部屋の中に足を下ろしたのを見てハボックが言う。ロイは複雑な表情でハボックを見たが何も言わずに頷いた。 |
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