| 見毛相犬 第十一章 |
| バンッと執務室の扉が開いたと思うと飛び出してきたハボックにロイはギョッとする。恨めしそうな目でチラリとロイを見たハボックはそのままの勢いで司令室を飛び出して行ってしまった。 「な、何なんだ、今のは」 半ば呆然としてロイが呟けば今度はフュリーが飛び出してくる。フュリーは開け放たれた司令室の扉に向かって大声で叫んだ。 「大佐ッ!出ていく前にサインくださいようッ!!」 そう叫びながら扉から廊下に出たフュリーだったがすぐにすごすごと戻ってくる。がっくりと自席に腰を下ろして言った。 「今日はすんなりサインを貰えると思ったのに……」 そう言ってロイの顔をチラリと見る。 「少佐はすぐサイン貰えたんですよね?どうして僕にはくれなかったんだろう」 「えっ?」 「少佐、もしかして何か大佐に言いました?」 フュリーに聞かれてロイはギクリとする。ハボックに言ったとすれば食事の誘いを断った事くらいだが、それがサインと関係あるとは思えなかったし思いたくなかった。 「とっ、特に何も言ってないぞ」 それでも何となく罪悪感を覚えて口ごもりながら言えばフュリーがハアアとため息をつく。自分の机に置かれたロイの書類に気がついてそれを手に立ち上がると言った。 「とりあえずこれ、出して来ちゃいますね」 「あ、いや、私が自分でっ」 「いいです。気分転換になるし」 フュリーはそう言ってとぼとぼと司令室を出ていく。その背を見送ったロイは思い切り舌を鳴らして言った。 「何やってるんだ、あの馬鹿大佐ッ」 ロイは吐き捨てるように言うと、丸めたゴミを執務室の扉に投げつけたのだった。 「あーあ」 ハボックは中庭のもうほとんど葉のついていない木の幹に背を預けてため息をつく。煙草の煙と一緒に吐き出したため息は白い筋になって空へと上っていった。 「夕べは楽しかったのになぁ」 そう呟いて目を閉じればテーブルを挟んで座るロイの姿が浮かんだ。色んな話をしながら食事をした時間は思いの外楽しくて、ロイと別れた後もハボックはうきうきとして弾むような気持ちを抱えて家に帰ったのだ。今度はもっと時間をかけてもてなそうと思って次の約束を取り付けようと都合を尋ねれば返ってきた言葉は。 『せっかくのお誘いですが、大佐の食事をご馳走になる理由がありませんので』 「冷たい……冷たすぎる……」 自分が感じた楽しさをロイは全く感じていなかったのだろうか。ハアアと肺の中の空気を全部吐き出す勢いでハボックがため息をついた時、ガサリと草を踏む音がしてブレダが顔を出した。 「おう、何やってるんだよ、ハボ」 「ブレダ」 頭の上に生えた耳をぺしょんと倒して項垂れる犬のようにしょぼくれているハボックを見てブレダが顔を顰める。手を伸ばしてクシャリと髪をかき混ぜて言った。 「何へこんでんだよ。こんなとこでサボってるとまた少佐にどやされるぜ」 ブレダがそう言えばハボックが唇を突き出して言う。 「なあ、少佐ってどんな人?」 「どんなって?」 そう聞き返されてハボックは夕べの出来事を話して聞かせた。 「少佐がお前んちに行ったの?うわっ、どういう風の吹き回しだ?」 嘘だ、信じられないと喚くブレダをハボックが睨む。 「少佐って冷たくねぇ?」 と言えばブレダが頭を掻きながら答えた。 「それでも前の上司達に対しての時と比べりゃ随分大人しいぜ。まあ、お前、まだ少佐の前じゃ逃亡くらいしかしてないからか。これまでの上司達は全員少佐にイビり出されたからな」 「……マジ?」 ハボックはそう言って目を見開く。ブレダに縋りつくように上目遣いで見つめて言った。 「なあ、ブレダから取りなしてくれない?オレと少佐のこと」 「絶対に嫌」 即答でそう言い放つ友人にハボックは眉を下げる。ブレダはそんなハボックを横目で見て言った。 「俺とお前が士官学校の同期だって事は誰にも言ってないんだよ。言えば絶対少佐にも中尉にも何とかしろって回されるの判ってんだから」 そんなの真っ平ごめんだとにべも無く言う友人をハボックは恨めしげに見る。 「ガキの頃からのつき合いじゃん」 「いい加減俺に尻拭いさせるのをヤメロ」 ブレダはそう言って吸っていた煙草を携帯灰皿に放り込んだ。 「真面目に働け。そうすりゃ少佐の覚えもめでたくなる」 「オレ、働くの嫌いだもん」 「殴るぞ」 はーっと拳に息を吹きかけるブレダにハボックが首を竦ませる。 「とにかく少佐とのことで俺を巻き込むな、判ったな、ハボ」 「ブレダも冷たい」 「知るか、さっさと戻れよ」 恨みがましい目つきにも動じず、ブレダはそう言ってハボックを置いて行ってしまう。ずるずると木の根本に座り込んだハボックは、コツンと木の幹に頭を預けて晴れ渡った空を見上げた。 司令室の扉を開けてブレダは中に入る。自席につくかつかないかのうちに、ホークアイと話をしていたロイがブレダに言った。 「ブレダ少尉、ハボック大佐を見かけなかったか?」 そう聞かれてブレダはちょっと迷ってから答える。 「あー……、中庭の方に歩いていったの、あれ、大佐だったかもしれません」 急いでたのではっきりとは、と言葉を濁して答えるブレダにロイは眉を顰めて時計を見る。会議の開始時間はもうすぐだというのにハボックが返ってくる気配はない。ロイはチッと舌を鳴らすと立ち上がった。 「私が見てきましょうか」 「いや、いい。言いたいこともあるし」 ホークアイをロイは手を上げて制すと司令室を出ていく。ブレダが言っていた中庭へ足を向ければ木の幹に寄りかかって転た寝している姿が見えた。 「まったく」 ロイは怒りの滲む声でそう呟くとハボックの傍に寄る。気持ちよさそうに眠っているハボックの鼻を思い切り捻り上げた。 「イテテテテテッッ!!」 ロイの手に鼻を引っ張られるようにハボックは木の幹から背を離す。そうすれば漸く手を離してくれたロイを恨めしそうに見上げた。 「酷いっスよ、少佐ぁ」 赤くなった鼻を押さえてそう言えば黒曜石の瞳が睨んでくる。 「もうすぐ会議の時間です、大佐」 「あ」 どうやら完全に忘れていた様子のハボックにロイの眉間の皺が深くなった。何とか誤魔化そうとしているのが見え見えのハボックの耳をロイはグイと引っ張り上げる。ハボックが悲鳴を上げるのにも構わずそのまま引っ張っていれば、痛みに耐えかねたハボックが耳に引かれるようにして立ち上がった。 「ひどい……」 「自業自得でしょう」 片手で鼻を、もう一方の手で耳を押さえながら涙ぐんで言うハボックにロイはそう言って切って捨てる。本当はさっさと会議に行けと蹴り飛ばしてやりたいのを流石にそれはとグッとこらえてロイは言った。 「会議に行く前に司令室に寄ってフュリーの書類にサインしてください。それから、子供のように一時の感情で仕事を放棄されては困ります」 「だって少佐が」 「私がなんです?」 そう冷たく返されてハボックは口を噤む。 『真面目に働け。そうすりゃ少佐の覚えもめでたくなる』 さっきのブレダの言葉が脳裏に蘇ってハボックはため息をつきながら頭を掻いた。 「サインして会議に出てきます」 「よろしくお願いします、大佐」 実に事務的に言うロイを何か言いたげに見たハボックは、軽く首を振ると踵を返して建物の中へと戻っていった。 |
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