風の行く先   第八章


「大佐、今日の会議の件ですが」
「ん?中止にでもなったか?」
「大佐」
 執務室に入ろうとしたところをホークアイに呼び止められたロイが希望を込めてそう返すと、鳶色の瞳が呆れたように細められる。側で聞いていた部下達がクスクスと笑うのに笑い返したロイは、じっと見つめてくる空色に気づいて僅かに眉を寄せた。そうすれば、ハボックがハッとしたように目を逸らす。机に広げた書類に向かうハボックにため息をついたロイは、ホークアイを促して執務室に入った。
「今日の会議ですが」
 椅子に座るとホークアイが手にしていた書類を差し出して話し出す。それを机に肘を突いて聞きながら、ロイは内心げんなりと肩を落とした。
 衝撃の告白をしたハボックを手酷くフった翌日、酷い二日酔いの形相で出勤してきたハボックだったがそれ以上ロイにしつこく迫るということはなかった。他の部下達に混じって告白する前と変わらず極普通に接してきた────表面上は。
 ふと気がつけばハボックの空色が己をじっと見つめている。本人は必死に普通に振る舞おうとしているのだろうが、一度気づいてしまえばロイにはハボックの発する切ないまでのロイへの想いが感じ取れてしまった。むしろあからさまに迫ったり「好きなんだ」と訴えてこないだけに、にじみ出るオーラは始末が悪い。
(まったく、たちが悪いぞ、ハボックめ)
 必死にその想いを押し込めようとしているのだろうが、ロイを見つめる空色にははっきりとロイへの想いが浮かんでいる。押さえ込もうとする分零れ落ちる想いは切ないオーラとなってロイに届いていた。
(暫く出張にでも行かせるか?だが、いないと仕事に差し支えるしなぁ)
 部下としての能力は買っているのだ。好きだなんて言い出さなければこんな面倒な事にならずに済んだものを。
(鬱陶しい……)
 うんざりとした気持ちがため息となって零れて、話をしていたホークアイの声の温度が一気に下がった。
「聞いてらっしゃいますか?大佐」
「もっ、勿論だともっ」
 ジロリと睨まれてロイは慌てて答える。
(くそぅ、中尉に怒られてしまったではないかっ!お前のせいだぞ、ハボック!)
 ロイは内心ハボックを罵って小さく舌打ちした。


(大佐に嫌な顔されちゃった、気をつけなきゃっ)
 執務室の扉がパタンと閉まる音を聞いて、ハボックは小さく首を振る。大きく息を吸って吐くと、手にしたペンをギュッと握り直した。
(しっかりしろ、ジャン)
 己に言い聞かせるとハボックはカリカリと書類に書き込んでいく。それでも気がつけばため息を零している自分がいて、ハボックはギュッと目を瞑った。
(駄目だな、オレ……すぐ大佐のこと考えちゃう。あんなにはっきりフラレたのに)
 何とか気持ちを押さえ込もうとするものの、気がつけばロイを目で追っている。溢れてくる気持ちをグイグイと胸の奥に押し込んで、ハボックは目を開けると書類に向き直った。少しすると執務室からファイルを手にしたホークアイが出てくる。フゥとため息を零す様子からまたロイがホークアイの不興を買ったのだと察せられてハボックはクスリと笑った。
(大佐ってば)
 ロイの姿を想い描いたハボックは、ハッとして「いかんいかん」と頭を振る。再び書類を書き進めてハボックは暫くして壁の時計へと目をやった。
(────コーヒー淹れるくらい、いいよね。その方が能率も上がるし、仕事進めて貰った方がオレたち部下も助かるんだし)
 ハボックは半ば自分に言い聞かせるように考えて席を立つ。そうして給湯室へと行きロイのためにコーヒーを淹れた。


「はあ……もう、飽きたぞ」
 ホークアイと話をした後、黙々と書類を書き続けていたロイだったが、堆く積まれた書類は一向に減る気配がない。いい加減くたびれてうんざりと椅子に背を預けた時、コンコンとノックの音がした。
「失礼します」
 答えればハボックがトレイを手に入ってくる。ハボックはロイの机の上にカップをそっと置いて言った。
「どうぞ、大佐」
「……ありがとう」
 コーヒーの香りに誘われてカップに手を伸ばしたロイは、一口啜ってホッと息を吐く。丁度一息入れたいと思っていた頃合いに差し出された自分好みの温度と甘さに整えられたコーヒーは、ロイの体に染みてたまった疲れをじんわりと溶かした。
「お疲れさまっス。頑張って下さいね」
 そう言う声に見上げれば、ハボックの空色の瞳が見つめてくる。切ない色を浮かべる瞳を細めて笑うと、ハボックはトレイを手に執務室を出ていった。
「……フン」
 小さく鼻を鳴らしてロイは、ゴクゴクとコーヒーを飲み干す。
「こう言うことだけしてくれればいいんだ。あの好き好きオーラはいらん」
 どうしたらハボックの自分に対する想いにけりをつけてやることが出来るのだろう。ロイは空になったカップをじっと見つめて考えた。


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