| 風の行く先 第六章 |
| 執務室の扉を閉め中に入るとロイはゴンと扉に頭をぶつけるようにして寄りかかる。ハアと大きなため息をついたロイは、次の瞬間ビクリと震えて扉の鍵をかけた。とりあえずいきなり執務室の中に飛び込んでこられないようにして、ロイはホッと息を吐き出す。よろよろと歩いてソファーの側まで行くと倒れるように座り込んだ。 「信じられん、あのハボックが私を」 『オレ、大佐の事が好きっス。ずっとずっと好きだったんですッ!』 呟けば途端にハボックの言葉が脳裏に蘇ってロイは体をブルリと震わせる。ブンブンと首を振ってその言葉を閉め出してロイは額を押さえた。 「今までそんな素振り見せたことがあったか?勘弁してくれ」 これまで男に告白されたことがなかったわけではない。ロイにその気がなくとも相手から勝手に好意を寄せられてその想いをぶつけられることが少なからずあった。勿論その時は丁重にお断りするか、あまつさえ実力行使に出ようとする不届きな輩にはロイに好意を抱いた事さえ後悔するような手厳しい一発をお見舞いしてきた。正直、あんな形で拒絶したのはハボックが初めてで、それほどにショックが大きかったのだとロイは思った。 「まったく、何を血迷ったか、ハボックの奴め」 ロイはうんざりとした口調でそう呟いて大きなため息をつく。ハボックの告白を受け入れるつもりは更々なかったが、部下としてのハボックを拒絶するにはハボックの兵士としての資質は捨て難くロイはガリガリと乱暴に頭を掻いた。 「────まあ、あれだけきっぱりと言ってやったんだ。アイツも軍人として今後もやっていくつもりがあるならこれ以上馬鹿な事は言わんだろう」 そう呟けば涙を浮かべたハボックの顔が浮かんでロイは僅かばかり罪悪感を覚える。 「いやいや、無理なものは無理だ。アイツだって判ってるんだ、これ以上考えても無駄だ」 ハボックには今日のことは忘れてやると言った。それがお互いのために一番いい方法だろう。 「そうと決めたらデートだ!今日は誰にするかな……、そうだ、シャルロッテにしよう。彼女はとびきりの美人だ、気分転換には持ってこいだ!」 ロイはそう言ってソファーから立ち上がり受話器を取る。 「────やあ、シャリー?私だ。今夜食事を一緒にどうかな?」 電話口に出た美女をデートに誘って、ロイはハボックとの一件を頭から追い出した。 結局なんだかんだと理由を付けてハボックが司令室に戻ったのは夕方近くになってからだった。机の上に置かれた電話のメモを確認して受話器を取る。ダイヤルを回し相手が出るのを待っていると執務室の扉が開いてロイが出てきた。帰り支度を整えたロイはハボックの方を見もせずに司令室から出ていってしまう。その態度に改めて心の傷を抉られて、ハボックは零れそうになった涙を目を瞬かせて何とか押さえ込んだ。 「今日もデートみたいだな。さっきサイン貰いに執務室入ったら花屋に電話してたぜ」 「そ、そう……」 全く羨ましいよな、と言うブレダにハボックは小さく答えて手を握り締める。爪が刺さるほど握った手を開いて広げていた書類をかき集めて抽斗に放り込むと立ち上がった。 「オレも今日は帰るわ」 「おう。また飲みに行くか?」 「ううん、今日はやめとく」 「そっか。じゃあまた明日な。おつかれ」 言って笑うブレダになんとか笑い返して、ハボックは司令室を出る。泣き出してしまわないよう唇を噛み締めて、ハボックは司令部の廊下を歩いて正面玄関を抜けるととぼとぼとアパートへと帰った。 アパートに帰ったハボックは真っ直ぐにキッチンに向かうと冷蔵庫からビールをありったけ取り出す。それからとっておきのワインとグラスを棚から出すとソファーにドサリと腰を下ろした。まずはビールを手に取り片っ端から飲んでいく。全部で十本ほどもあったビールを瞬く間に飲み干して、ハボックはワインに手を伸ばした。コルクを抜きグラスに注いで一息に飲む。ずっと飲むのを楽しみにしていたワインは何故だか味が判らず、ハボックは口を歪めて笑った。 「大佐、今頃はデートかぁ……」 ロイの笑顔が自分の知らない美女に向けられているのだと思うと胸が痛い。ハボックはふるふると首を振ってロイが女性といる光景を閉め出した。 「忘れなきゃ……もう、こんな気持ち、なしにしなきゃいけないんだ……」 早く忘れてせめて部下としてロイの側にいられるように。 ハボックは必死に己に言い聞かせながら、ボトルに直接口を付けてワインを喉に流し込んだ。 |
| → 第七章 第五章 ← |