| 風の行く先 第五章 |
| 司令部の玄関前に車を停めればハボックが運転席を降りるより早く、ロイは自分でドアを開けて車を降りてしまう。逃げるように正面の入口に続く階段を上がっていくロイの背を見送って、ハボックはため息をついた。涙の跡が残る頬を軍服の袖でゴシゴシと拭って、ハボックは車を降りる。警備兵に車を任せ、ハボックは手近のトイレに入り顔を洗った。 「はは……情けない顔」 鏡に映る己の顔を見てハボックは呟く。伝えるつもりのなかった想いを口にしてしまった事でロイとの間に大きな溝が出来てしまった。こっぴどく拒絶された事で深く傷つくと同時に、自分が本気でロイのことを好きなのだと思い知ったハボックは、ロイとの間に出来てしまった溝が悲しくてならなかった。 「言わなきゃよかった……どうせ受け入れて貰える訳ないんだから……」 伝えたところで何も得るところのない想い。それどころか女性にしか興味のないロイにしてみれば、男の自分に想いを寄せられているなど知りたくもなかっただろう。この先上司と部下として接していく上で、ハボックの想いは互いを気まずくさせる以外の何者でもなかった。 「そうだよ……大佐、今日の事は忘れるって言ってくれたんだ。普通にして、好きなんて気持ち絶対出さないようにしなきゃ」 そう思えば途端に胸の奥でロイへの想いが悲鳴を上げる。押し込もうとすればするだけ溢れてこようとする想いに、ハボックは激しく首を振って水を出した蛇口の下に頭を突っ込んだ。 「いい加減にしろッ、これ以上大佐に嫌われたら部下でもいられなくなっちゃうだろッ!」 ザアザアと流れる水に涙を流しながら、己の想いも一緒に流れてしまえばいいのにと思うハボックだった。 「あれっ?もう戻ってきたんですか?大佐」 ガチャリと司令室の扉が開く音に書類から顔を上げたブレダは、入ってきたのがロイだと気づいて目を丸くする。そう言うブレダにロイはチラリと視線を投げただけで、すぐに執務室に入ってしまった。 「なんだぁ?何かあったのか?」 不機嫌というか何か気味の悪いものでも見たかのようなロイの表情に、ブレダは首を傾げる。視察に出る前は普通だったから出かけてものの三十分もしないうちに何かあったとしか思えなかった。 「どうしたんだろう。大手を振ってサボれる口実の視察からあんな顔して戻ってくるなんて」 執務室の扉を見つめてブレダが首を傾げた時、司令室の扉が開いて今度はハボックが戻ってくる。こちらはまた酷く顔色が悪く何となく目元を腫らしているのを見て、ブレダは目を丸くした。 「ハボック?どうしたんだよ。大佐もなんか変な顔して帰ってきたし。なんかあったのか?」 そう尋ねてみたがハボックは何も答えず自席に座る。抽斗から書類を出しはしたものの読むでもなくぼんやりしているハボックに、ブレダは眉を顰めて言った。 「ハボック!おい、ハボ!!」 「────え?あ……な、なに?」 張り上げた声にビクリと体を震わせたハボックが、呆然とした体でブレダを見る。微かに震えた唇を笑みの形に歪めて「なに?」と尋ねるハボックにブレダは眉を寄せた。 「なにって……聞いてなかったのかよ」 「ご、ごめん……ボーッとしてた」 「そうみたいだな」 そう返されて、ハボックは俯いて「ごめん」と呟く。そんなハボックにブレダはため息をついて言った。 「何かあったのか?大佐も様子が変だったし、視察なのにあっという間に帰ってくるし。普段なら外に出たのをいいことにいらん所まで回ってふらふらしてくるだろう?何があったんだ?」 「え?いや……特になにも……。あ、なんか急ぎの書類があったとかなかったとか……」 「どっちだよ」 あったのかなかったのかはっきりしろと言われてハボックは黙り込む。どうみても様子がおかしいのは明らかで、ブレダは心配そうに尋ねた。 「おい、ハボ。なんかあったのか?」 言ってみろよと親切にも言ってくれるブレダにハボックは手を握り締める。キュッと唇を噛むとにっこりと笑って言った。 「別に大したことじゃないよ。ちょっと大佐、怒らせちゃってさ。失敗失敗」 「はあ?何言ったんだ、お前」 「んー、だから大したことじゃないんだって。多分すぐ機嫌直ると思う」 「本当か?頼むぜ、へそ曲げられて書類の決裁通らなくなるのは勘弁だからな」 そんな風に言うブレダにハボックは笑ってみせる。 「オレ、ちょっと、小隊の詰め所行ってくるわ」 「んあ?あんまりサボって大佐のことこれ以上怒らせんなよ」 「判ってるよ」 ハボックは笑って答えると席を立って司令室の外へ出る。パタンと扉を閉じた途端、唇に浮かんでいた笑みが消えて代わりに大きなため息を零すと、ハボックはとぼとぼと廊下を歩いていった。 |
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