風の行く先   第四章


「────は?」
 たっぷり三十秒は固まった後、ロイは間の抜けた声を出す。シートを鷲掴んで思い詰めた表情を浮かべるハボックを、ロイはまじまじと見つめた。
「よく、聞こえなかった」
 何かとんでもないことを言われた気がする。そのあまりに突拍子もない言葉を脳味噌が理解するのを拒んだのをいいことに聞かなかった事にしたいと思いつつ、ロイは仕方なしに問い返した。
「なんだって?ハボック」
 そう聞き返されて、ハボックは迷うようにキュッと唇を噛む。それでも一度口に出した想いをなかったことには出来ず、ハボックはロイを真っ直ぐに見つめて繰り返した。
「オレ、大佐の事が好きっス。ずっとずっと好きだったんですッ!」
 大声で告げればロイの黒曜石がまん丸になる。「ああ、やっぱりビックリしてる」と思いつつ、ここでやめることなど出来ず、ハボックは続けた。
「大佐のことが好きです。最初は自分の思い違いかと思ったけど、そうじゃない。尊敬してるとか、そんなんじゃなくてっ、オレっ、大佐のことが好きなんですッ!」
 そう言って見つめてくるハボックの頬を染めた顔をロイは食い入るように見つめる。「嘘だろう」と呟けば、ハボックが即座に答えた。
「嘘じゃありません!本気っス!だから、女の子とデートするって聞くと苦しくて……ッ!オレだって大佐とデートしたいのに……ッ」
 振り絞るように想いを口にして見つめてくるハボックをロイは呆気にとられて見つめる。まさか自分の部下から告白されるとは思ってもみず、それがよりによって男だと思えばロイの背中をゾゾゾと芋虫のような嫌悪感が這い上がった。
「冗談は休み休み言え、ハボック」
「冗談なんかじゃありませんッ」
「だったらなにか?嫌がらせかッ?」
「嫌がらせだなんて、そんなっ!オレは本気で大佐のこと────」
「気持ち悪いッッ!!」
 言いかけるハボックの言葉をロイは大声で遮る。シートにめり込みそうなほど背中を押しつけて、ロイは言った。
「お前なぁッ、その図体で何言ってるんだッ?ハッ?まさか私を押し倒そうとか思ってるんじゃないだろうなッ、冗談じゃないぞッッ!!」
 ロイは自分で言った言葉にブルリと体を震わせる。
「私は男はごめんだからなッッ!!なにが嬉しくて男のお前に告白されなければならんのだッッ!!気色悪ッッ!!あんまり気持ちの悪いことを言うから、見ろッ、鳥肌がたったぞッ!!」
「たい、さ……」
 己の体を抱き抱えるようにして腕をこすりながら“気持ち悪い”と連発するロイをハボックは呆然として見つめる。決して受け入れられるとは思っていなかったが、あまりに激しい拒絶にハボックの目に涙が滲んだ。
「なんだ、泣くことないだろうっ?まさかお前、私に受け入れられるとか思ってた訳じゃあるまい?」
「それは……思ってないっスけど……」
 思ってはいなくとも、断られるとは判っていても、それでも傷つかないわけではないのだ。キュッと唇を噛んで俯くハボックに、ロイは大きなため息をつく。狭い車の中を支配する気まずい雰囲気にロイはガシガシと頭を掻いて舌打ちした。
「思ってないなら口にするな!ああもうっ、この話はこれまでだ。さっさと車を出せ!司令部に戻るぞ!」
「────はい」
 ハボックは消え入りそうな声で答えて体を戻すとハンドルを握る。ゆっくりと走り出した車にロイはもう一つため息をついて言った。
「いいか?今日のことは聞かなかったことにしてやるから、お前もそれ以上気持ちの悪いことは言うな。判ったな!」
「……はい」
 ロイの言葉にハボックが頷けば、背後からあからさまにうんざりとしたため息と舌打ちが聞こえる。それを聞けばハボックの瞳に涙が込み上がった。
(気持ち悪いって……そりゃそうかもしれないけど)
 ガチガチのノンケであるロイに告白したところで拒絶されるのは判っていた。だが、ここまで激しく拒絶されればその傷はあまりに深くて。
(オレ……オレは……)
 重苦しい空気に包まれた車内でハンドルを握りながら、ハボックは静かに涙を流していた。


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