| 風の行く先 第三章 |
| 「頭いてぇ……」 ベッドに体を起こしたハボックは頭を抱えて呻く。夕べ、ロイへの想いを持て余したハボックは何とかそれを押さえ込もうと冷たいシャワーを浴びた。だが、結果は押さえ込むどころか冷たい水にロイへの熱い想いをかき立てられただけだった。冷たい水に打たれロイを呼びながら自慰行為に耽った挙げ句、今朝のこの酷い頭痛だ。 「罰が当たったんだ……」 どうしてこんなことになっているのだろうと、ハボックは何度となく繰り返した自問を繰り返す。ついこの間まで己の性的嗜好はごく真っ当なものだった。胸が大きくて可愛い女の子が好きだったはずなのに、今己の胸を占めるのはそれとは全く真逆の相手だ。ロイは美形ではあるが可愛いというのとは違うし、ボインどころか股間に己と同じものをぶら下げた男でその上己の上官だ。それなのにそんな相手にいつの間にか己の中に生まれてきたモヤモヤを何とかかき消そうとしたけれど、それは叶わず今では恋情というしっかりとした形を成してハボックの心に根付いている。 「こんなの、大佐には迷惑だってのに」 ハボックは痛む頭を抱えて呟く。自分に負けず劣らずロイだってガチガチのノンケだ。ハボックが自分に対してこんな想いを抱いていると知ったなら、きっともの凄く嫌な思いをするに違いない。 「でも……好きなんだ」 ロイが誰かと一緒に過ごしていると思うだけで心穏やかではいられない。 「クソ……」 低く呻いたハボックはベッドから降り、のろのろと洗面所へ向かう。頭痛をこらえて支度を整えると司令部へ向かうためアパートを出た。 「おはよう……」 「おう、おはよう──って、ひでぇツラだな、ハボック。どうしたよ、夕べはそんなに飲んでないだろ?」 司令室の扉を開いて中へ入れば、先に来ていたブレダがハボックの顔を見て目を丸くする。それに「へへへ」と笑って返した時、扉が開いてロイが入ってきた。 「あ、おはようございます、大佐」 「ああ、おはよう」 ブレダに答えたロイが自席に座らず突っ立ったままのハボックを不思議そうに見る。ロイが口を開く前に聞こえたブレダの言葉に、ロイが視線を向けハボックが体を震わせた。 「大佐、昨日はデートだったんでしょう?顔の艶、いいんじゃないですか?」 いいですねぇと羨ましげに言うブレダに、ロイがニヤリと笑って返す。 「自慢するわけではないが、いい夜だったよ。貴官らも出かけたのだろう?」 「どうせ俺らはモテない者同士のやけ酒ですから」 肩を竦めて言うブレダの様子にロイは笑ってハボックを見た。 「それで二日酔いか?ハボック。今日の視察の車、大丈夫だろうな。しっかりしてくれよ」 「えっ?あ……はい」 言ってポンと肩を叩くと、ロイは執務室に消える。その背を見送って、ブレダがため息を零した。 「チキショウ、俺達もあんな事言ってみたいよな。なぁ、ハボック」 「う、うん……そうだね」 羨ましいと連発するブレダに適当に相槌を打ちながら、ハボックは爪が刺さるほど手を握り締めた。 「大佐、車の用意出来てます」 「───ああ、もうそんな時間か。すまんがちょっと待ってくれ」 視察の時間になっても執務室から出てこないロイに、ハボックが声をかける。丁度電話中だったロイは通話口を押さえて早口に言うと、もう一度受話器を耳に当てて電話の相手に言った。 「すみません、マリー。貴方の声をもっと聞いていたいのですが、視察に行かなければ。──ええ、……ええ。では、夜にまたお会いできるのを楽しみにしています」 それじゃあ、と名残惜しげに受話器を置くロイをハボックは食い入るように見つめる。機嫌良さそうに笑みを浮かべて立ち上がったロイは、見つめてくるハボックの視線に気づいて首を傾げた。 「待たせたな────と、どうした?」 「い、いえ……なんでもないっス」 聞かれてハボックは慌てて目を逸らす。そんなハボックの様子に不思議そうにしながらもそれ以上は追求せず執務室を出ていくロイの後に付き従いながら、ハボックはギュッと唇を噛んだ。 ルームミラーに映る後部座席に座るロイをハボックはチラチラと盗み見る。上機嫌に笑みを浮かべる表情を見ればハボックは胸に沸き上がる嫉妬に顔を歪めた。 (今夜もまたデートなんだ……。マリーって言ってた、夕べとは違う モテるロイが同じ女性と続けてデートしないのはいつもの事だ。それでもこうして見せつけられれば冷静でいられる筈もない。朝からの頭痛がガンガンと鳴り響くように感じながら、ハボックは心の中で呟いた。 (なんでデートなんてするんだよ) (あんな女のどこがいいの?) (オレの方が大佐のこと想ってる) (それなのに) (それなのに──ッ) ペダルにかかっていたハボックの足に力が入る。急ブレーキにガクンと揺れる車の中、前に泳いだ体を前の座席に手を突いて支えたロイが、眉を寄せてハボックを見た。 「おい、ハボック。運転には気を────」 「大佐」 気をつけろと言いかけたロイの言葉をハボックが遮る。ムッと眉間の皺を深めるロイにハボックが言った。 「好きっス」 「────は?」 「大佐の事が好きなんスッ!!」 言ってシートを抱えるように振り向いたハボックの切羽詰まったような顔を、ロイはポカンとして見つめた。 |
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